Merzbow Works

V  (Victo:2003)

Merzbow:Masami Akita
Pan sonic:Mika Vainio(electronics),Ilpo Vaisane(electronics)

 ハム・ノイズの海を漂う、揺らぎの美学。
 轟音よりも静かな音像に軸足を置いた音楽だ。

 パン・ソニックを尊重したのか、かなり耳に優しいノイズである。
 もっともその場にいたら、味わいは変わったかもしれない。
 超音波よろしく超高音をふんだんに使っており、音圧はすさまじそう。

 本作はPan sonicと共演したライブを収録した。
 02年にカナダはヴィクトリアヴィルで行われたフェスティバルでの音源。
 セッションぽいやりとりは、音だけだとさほど感じられない。
 むしろ一丸となって作り上げたような構造だ。

 中ジャケにステージ風景とおぼしき写真あり。
 ステージ向かって左にパン・ソニックの二人。長テーブルの上へごちゃごちゃ結線された機材がのっている。
 メルツバウは右端。マック一台を前にし、無表情でマウスを掴む。
 黒尽くめのバックに浮び上がる奏者たち、いつものようにストイックなムードが漂った。

 クレジットがフランス語でよくわからないが、音源の編集に秋田昌美は絡んでないみたい。
 この時代のメルツバウは「ライブで曲を演奏する」がコンセプトの一つのはずだが・・・このライブは即興っぽく聴こえた。

 CDのクレジットには、カナダの「Societe Radio」が出版権を所有とある。ラジオ局かな。
 しかしこの音源をラジオでかけても意味ないと思うぞ。
 ほとんどオーディオ・チェック盤だ。放送したとたん、聴取者からクレームが殺到しそう。

 ボリュームによって表情がかなり変わる音楽だ。
 小音量なら、ちょっと刺激的なアンビエント。
 なのにボリュームを上げるほど、レンジの広い音波が兇悪に噴きだす。

 それほど強烈な音圧を楽しめる快盤だ。最高。

(各曲紹介)

1.68'18"(68:16)


 たぶん収録時間そのままが曲名。
 ところがCDデッキの機差で、ぼくのプレイヤーでは68分16秒と表示された。ちょっと悔しい。

 冒頭は探りあいってところ。
 ハム・ノイズがゆったりと左右のチャンネルを、サーチライトよろしく動く。
 右チャンネルで細かな金属音。
 左から太いノイズが回転数を上げ、パルスを飛ばす。

 ジャケの座り位置と音のバランスが同じなら、右チャンネルが秋田昌美のはずだが・・・。
 
 変化は少なめ。ゆっくりと変貌する。
 全てが耳ざわりな機械音。しかしミックスのせいか角は丸く、さほど耳に違和感なし。

 5分経過しても音像の静けさは変わらず。
 メルツバウのハーシュを覚悟して拍子抜け。
 じわり。じわり。足元から侵蝕された。

 重苦しい雰囲気のまま、刻々と過ぎてゆく。
 メロディらしきものはまったくない。音圧とノイズの揺らぎのみで表情の変容を伺う。
 スペイシーなパルスが淡々と繰り返された。

 10分経過。まだ音像は静かなまま。
 ひよひよとそよぐのはシンセっぽい音。うすぺらく宙を泳ぐ。
 寄り添うがごとくノイズが増え、太さを増す。
 重低音が揺らぎ、部屋の床がもわーんと震えた。

 あまりにも無機質なノイズに不安がつのる。
 強烈な低音と、可聴域を試すかのような高音。
 スピーカーの音に圧迫される。その場にいたら、音圧で息苦しくなってたはず。
 さほどボリュームを上げられない、家で聴くのがもったいないやらありがたいやら。
  
 左チャンネルから飛び出した、コミカルなノイズ。
 沈鬱なドローンの中で、これが清涼剤にすらなる。
 どの音をメルツバウが出してるか、区別ができない。
 瞬間的にコミカルに鳴るノイズが、メルツバウかなぁ。

 17分26秒。
 リズムボックスが明確なビートを出した。
 初めての規則性。すぐにぶわぶわと歪み、エッジがあいまいに。
 
 このビートがきっかけで、ノイズの表情はわずかにメカニカルな味がした。
 左右のチャンネルで、それぞれ一瞬だけパルスが出ては消える。
 猛烈な圧力が中央から襲う。全てを飲み込み、押しつぶす。

 音色は決して激しくないのに。
 ここが前半の山場。
 せめぐ圧力に、酸素を求め深呼吸した。
 無表情な音圧が、すばらしくかっこいい。

 多少音が丸まり、ハーシュっぽい片鱗を見せつつ収斂する。
 わずかにきらめく。裾野が広がった。
 サイケな感触のこの部分も、かなり刺激的だ。

 左チャンネルからじわじわと電子ノイズ。右チャンネルにはスペイシーな広がりがかすかに聴こえる。
 音の感触だけいうと、左チャンネルのほうがメルツバウっぽい。
 もっともこの3人は手元にそれぞれミキサー置いて、自分の音のバランスをリアルタイムでいじっててもおかしくない。

 低音が拭い去られ、超高音が空気を震わせた。
 繰り返されるフレーズは、わずかにメロディを感じた。

 中盤で一度、フェイド・アウト。33分が経過したあたり。

 ここでぼくはなんとも奇妙な気分になった。まったく私的な体験だ。

 今、真夏の昼間にこの感想を書いている。
 外から聴こえる蝉の声。その鳴き声がメルツバウの構成要素に聴こえたんだ。
 規則正しく鳴く蝉を、金属パルスと勘違い。一瞬、自分の耳を疑った。

 終わったかと思わせ、おもむろに低音がかすかに蠢く。
 静かなパルス。後ろの小さい破裂音は、ドラムのよう。リズムはほんのりアフリカ風だ。

 前半部とうってかわリ、ビートが明確に。これはポリリズムかな?複雑なリズムだ。
 依然としてメロディはない。複数の電子音がてんでに繰り返され、テンションが急激に高まる。
 
 40分経過。やっとハーシュ・ノイズが登場した。
 フルパワーで舞い上がる。耳ざわりは悪くない。柔らかめのタッチで、そこかしこを塗りつぶす。
 左チャンネルから登場し、一瞬だけ右チャンネルも呼応。 
 
 しかし数分咆えただけで、減衰してしまう。
 散発的なゆらぎ。前半部分で聴けた低音がない分、いくらかポップだった。
 超音波もどきの高音は引き続き聴こえるが・・・。

 みりみりと低音のリフで睨みつけ、電子音がその上で踊った。
 小節の前半だけ8分音符の四つ打ち。
 後半は別の電子音で味付ける。

 明確な4/4のリズムが継続する。もっともこれで踊れる人はいないか。
 耳障りなノイズが次々登場し、空間がみっしり張りつめた。

 53分付近で、再びブレイク。
 瞬時に全ての音が消え、低音群が駆け抜ける。
 ふるいにかけたように、粒の大きいノイズがふっと残る。

 流れる清流。流れはかなり速く、そこかしこで泡立つ。
 だがこの音像も長続きしない。
 フェイド・アウト気味に次のノイズへ舞台を譲った。
 
 淡々とビートを刻むリズム・ボックス。
 うようよ湧き出るハーシュ。互いに巻きつき、高まった。
 アナログの針音が盛大に聴こえる。これはサンプリング・ノイズかな?

 リズム・ボックスは四つ打ちに変わった。
 スピードを上げ、押しまくる。
 豪快なテクノを最後にぶちかました。
 オーラスは針音。ぶちんぶちんぶちん・・・ぶち・・ぶち・・ぶち。

 盛大な歓声が飛び、「ああ、これはライブ盤なんだ」と実感した。

 前半と比較したら、後半はあっけなく流れてしまう。
 探りあうまま時間が来たかのよう。
 どちらか選ぶならば、問答無用の音像で責める前半のほうが好き。

  (2003.8記)

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