Merzbow Works
Ouroboros (2010,Soleilmoon recordings)
Recorded & Mixed at December 2009 at
Munemihouse, Tokyo
Music by Masami Akita
緩急効かせたノイズ。埋め尽くさず、隙間を生かした奥行深いノイズだ。アナログ・シンセっぽい場面や、ドラム・セットも聴こえる。しかし後述の作曲手法から、全てサンプリングのPC加工のようだ。
アメリカのレーベルから発売、500枚限定。ハンドメイドの凝ったデザインが施された。
動物シリーズの一環とも位置付けられるが実際は蛇より、ウロボロスそのものを強い標題として取り上げたのかも。ウロボロスは自らの尾を噛み円環となり永劫回帰などの象徴。
ジャケット絵の蛇も、秋田昌美自身による。色鮮やかにうねる蛇が、何枚もの絵を横につなげて長く描かれている。モチーフは豪画家のErnst
Fuchs"Le Serpent"のオマージュ、とある。
Wiki経由で知ったページによると、ベルリンのギャラリーで2012年2/5-12日に"samidara1"の展示をメルツバウは実施。「未発表の『音響合成手法Granular
Synthesisとプログラムを使ったランダム手法の作曲』展示」を行った。
つまり根幹となるシステムを基本に、複数の作品を作る、という。とはいえ完全にプログラム任せではなく、その場で即興的に波形編集もメルツバウは行ったのではないか。切り替わる場面転換と、変化する音色を聴きながら思う。
本盤"Ouroboros"もその一環で、他に"Graft"(2010), "Chabo"(2010), "Jigokuhen"(2011)が同一コンセプトの姉妹作とメルツバウは上記展示に対して説明した。おそらく同種タイトルの"Samidara"(2013)も類似だろう。曲ごとに分数はまちまち。手法は同一でも、構成や進行はその場の即興か。"13 Japanese Birds"最終作の"Chabo"から派生し、メルツバウは膨大な作品を密接に関連付けるアイディアを手にした。
<全曲紹介>
1."Ouroboros"
56:35
まずは強烈なフィルター・ノイズ。うねりながら次々に、別の音色が現れる。自己紹介、もしくは構成要素をフルテンで確認するかのように。ビート性は無く、各ノイズの振動で揺らぎを作った。
電子仕掛けの風が猛烈に吹く。さりげなくジワジワと下から、シンセの鳴る音。これも加速して進行する。これも実際は、PCの波形加工か。
幅を広げる白いノイズを素材に、音が現れる。しかしすっと引いてガチャガチャした金属っぽい鳴り音に。じむじむと空気を塗りつぶすノイズは基本にあるが、決して押し続けない。時に引いて、広がりを提示した。
隙をみせず荒々しい地鳴りと嵐。冒頭はテンションを上げて突き進む。
4分45秒辺りでドラムセットのサンプリング。"13 Japanese
Birds"での音素材か。みるみる音色が加工され、タム回しがゴムまりのように重たく弾んだ。たちまち消え去り、再び抽象的な電子音の世界へ。
くるくると回転し、立ち位置や拍頭のきっかけをつかませない。ゆるゆると体を震わせた。
轟音で聴いてると分かりづらいが、音圧は場面ごとにずいぶん違う。ちょっとボリューム下げて聴くとピンとくるはず。急にノイズが消え去り、涼やかな風や開放感出る。轟音だと細かな砕片が常にばら撒かれているが・・・。
ノイズは轟音で聴くことを想定かもしれないが、ボリュームひとつでずいぶん印象が変わって興味深い。
9分半越えからシンセのさえずりが現れた。みるみる輪郭がくっきりして、しだいに鳥の鳴き声っぽくなる。みっしりつまった空間の壁が下がり、ざらついた床の硬質な部屋へ。みちみちと金属音の振動が、いつしか鳥の声を模す。実際は逆で、ニワトリの声を電子加工かも。
びよんと柔軟な響き。表面もスピードもグルグル変わり、正体をつかませない。依然としてビートやリズム性は希薄。ドローンの小刻みな振動だけが、進行する力となる。ふっと連想。これも胴体をよじって進行する蛇のモチーフか。歩行動物は、大なり小なり足に地が付くビートがある。蛇は胴体をよじって進行するならば、そこにはビートは無く振動のみだ。
細密なノイズはフィルターで中抜きされ、外骨格のうつろな響きに。中でシンセの中太な音色が探る。これもすぐに殻めいた軽身に変化してしまった。ボリュームそのものも上下し、煮立つ地面は急激にすっきりと密やかさを増した。細密な泡が床を侵食し、上物の鋭さは地に立たず両壁を飛翔する。
一瞬激しく、即座に矮小。すかさず拡大、またしても小さく。世界観そのものが大きく変わる。不安定なひととき。
18分30秒過ぎからの、突き抜ける細く鋭い電子音の存在感が凄まじい。
音像全体の強烈なダイナミズムの上下は、執拗に続く。からからと骨格が軽やかに響き、奥でパワフルなノイズが一部だけ姿を見せる。強烈なパルスの連打。次々に新たな音が登場し、一舞いしては入れ替わった。
続いて内壁全体が脈動し震え始める。
ついに思い切り、真っ白になった。更にボリュームを上げないと、ノイズにならない。
風の音と短い脈動。はるか遠くにドラムの音も聴こえる気がした。冒頭に現れた膨大な鳥の鳴き声が、みりみりと無く。波形加工で大きく表情を変え、パーカッションのようだ。
太い電子音が軽く左右に体を振る。それがきっかけか。しだいに音像は再び力を増した。いったん助走のように静かに力をためて・・・炸裂。
力が足りなかったか。再び急速に沈降した音像は、深海に変化した。残響のように音がプチプチ跳ねる。音程のついたシンセ音が寂しげに動いた。共鳴した音色が増えて、しだいに賑やかに。
まだ足りぬ。更に深く潜った音像は密やかに様子を伺った。太い電子音の登場。残響を少しづつ変化させ、傍若無人に強くのたうつ。左右へ緩やかにパンした。
シンバルが復活し、ドラム・セットも現れる。このへんは"13
Japanese
Birds"との有機結合か。唸りを補完するドラムが響いた。じわじわとシンセの音が力を増して行く。ドラムは残響だけが残り、ループが続いた。
なんども期待を持たせてはしぼむ音像が、ついに炸裂。さまざまなノイズが織りなすオーケストレーションだが、不思議とゆとりや落ち着き有り。切迫感は希薄だ。たとえ激しく電子音が轟いても。鈍く鳴る低音はバスドラの変化系か。低音で床がブルブル震えた。
表面を鋭く荒立たせ、太いノイズが進んでいく。ざらついた地面の起伏をものともせず。脈動し、ゆっくりと。 (2015/9:記)