Merzbow Works

Merzbow & John Wiese"Multiplication"(2005:Misanthropic Agenda)

Track 1-5:All sounds by Masami Akita and John Wiese.Recorded May 2004 by mail and produced by John Wiese.
Track 6:All sounds by Masami Akita and John Wiese.Recorded May 2004 by mail and produced by Masami Akita.

 ジョン・ウィースとの初コラボ盤。ジョンは骸骨ジャケがトレードマークなイメージある、西海岸のノイズ・ユニットBastard Noiseのメンバー。レーベル"ヘリコプター"を主宰している。HPはここ
 ジャケットはデジパック。05年の11月にアメリカでリリースされ、翌年4月には2ndプレスが出る。何枚プレスしたか分からないが、順調に売れているようだ。

 この盤はバスタード・ノイズともメルツバウとも関連のある、カリフォルニアの"Misanthropic Agenda"からリリースされた。ミュージシャン側の提案か、レーベル側の依頼で製作されたのかは不明。
 
 録音は2004年の3月で、素材もしくは作品を互いに送り、オーバーダブや編集を施してつくりあげたと見られる。6曲中、前半5曲をジョンがプロデュース、最後の長尺1曲をメルツバウがプロデュースした。
 細切れ(といっても、どの曲も4〜10分弱ある)に分けて作品ポリシーを明確にしたジョンと、27分一曲勝負で突っ走ったメルツバウの対極性がでた。
 
 ぼくはバスタード・ノイズを未聴で、どの程度ジョンが手を加えているのかは残念ながら分からない。どちらもラップトップを使ったデジタル・ハーシュのアプローチで作ったと思われる。したがって互いの個性は突出せず、ノイズの奔流に融けてしまった。

 強烈なハーシュ・ノイズが轟く。精神性を強めたストイックな作品が続いたメルツバウだが、本作ではひさびさに爽快なパワー・ノイズを聴ける。

 ただしメルツバウの物語性を期待すると、特に前半のジョンの作品では裏切られる。
 あっけないほどにカットアップを繰り返し、めまぐるしく場面を変えていく。ゆったりパワー・ノイズを楽しむ耳だと、ついていくのに発想を変える必要あり。
 
 結果として、二人のハーシュに対する発想の違いがにじみ出る作品となった。

 なお本盤に関連して、500枚限定の7インチのピクチャー盤もあり。CDには未収録の音源、"Free Piano"、"Hypersomnia"が発表された。
 コレクターの意欲をそそるリリースだね。
 
 一過性のユニットで終るのかは分からない。メルツバウの新境地が開拓されるわけではないが、MAZKのようにひとつの方向性として継続活動も面白そうだ。

<全曲紹介>

1.Bonanza (4:57)

 いきなりハーシュノイズが吹き荒れる。
 ときおりすぱっとカットアップはいるのが、ジョンの持ち味か。高音から低音までまんべんないが、引っかくようなフィルター・ノイズと、ぎしぎし軋むシンセの音が、ジョンかなあ。

 低音で唸るハム音や凶悪なハーシュの粒立ちはメルツバウっぽいが、その他の音成分だって、別に違和感ない。どこからどこまでが各自の音なのか、識別は難しい。

 ゆいいつ、カットアップのみ。唐突な寸断が、メルツバウの作風とは違和感ある。
 ドラマ性はなく、ただランダムに轟音が吼えて蠢くのみ。耳に厳しくぶち当たるが、はたと考えたらスリリングさは希薄だった。

 最後の最後で小さく電子音が瞬く。エンディングにはまだ早い。

2.Luxor Skyship (5:31)

 前曲から続けて編集されたが、場面展開の一部のよう。局を分ける必然性はない。もしかしたら、ひとつながりの長い作品を、聴きやすいように適当に切っただけかもしれない。
 若干スペイシーさを増した、平板なエレクトロ・ハーシュが地平に広がる。これが空の表現か。

 風切り音のような爽快が、唐突に切られて一段階、高度を上げた。
 音は続くが整理され、擬似的な静寂が産まれる。あらたなノイズもぐっと音を下げてミックスされ、窓越しに聴いているようだ。
 戦闘か。しだいに音量が上がり、安全が侵食される。
 
 激しくなると思いきや、どこか離人感が残る。かやの外でノイズが暴れ、なかなか手に届かない。
 表面が裂け、強烈に表面を瞬かせるフィルター・ノイズが溢れた。
 溶鉱炉の中を覗きこむように。

 刹那、風景が変わる。別の空虚なフィルター・ノイズが現れ、高空へ。
 次への移動か。

3.Spell (4:52)

 インダストリアル色を強めたノイズから。軽やかな機械の瞬きがしばし。ぐっと音量を下げ、オーケストラのテープ・コラージュを匂わせたあと、むっくりとノイズが身体を起こす。
 この緊張感はメルツバウっぽい。

 しかし前曲から続く航空機の飛び去る音とのミックスに違和感を覚えた。
 もうちょっと凄みある多層ノイズをやりそうな気がする。単なる勘違いかもしれないが。

 曲は短いスパンで轟音と静かなノイズを行き来する。轟音よりも、小さな音での残響具合が心地よい。
 ふうっと足元の明かりが消え、不安定になるようなスリルがある。

 パワー・ノイズはもう少し押しが欲しい。

4.New Wave Dust 2 (9:25)

 ジョンがプロデュースした作品では、強烈度が一番。冒頭から炸裂のさまざまな瞬間を切り取り、カット・アップを駆使して搾り出す。
 ここ々まで聴いて、やっとわかった。明らかにPCで作っているにもかかわらず、メルツバウの近作で特有なループ感覚が希薄で違和感を覚えていたんだ。

 足元の泥濘をもろともせず、ジョンが作った鋼鉄の機械は前へ前へ進む。
 戦闘の嵐も歯牙にかけない。手元の計器を観測。外の荒れ狂いを冷静に観察し、分析する。問題なし。
 感情を込めず、時に空間を破壊し、ただ前へ進む。ここには感傷が入らない。
 淡々と無造作なパワー・ノイズだ。

 場面はめまぐるしく変わる。音が足されて、一気に除かれる。カット・アップの瞬間は息継ぎのようだ。ぐっと一息つくたびに、大胆にノイズが切り替わった。
 思い入れのなさに不安を覚えるほど。しゃにむにノイズを追求する。

 それぞれが秋田昌美の送った素材と、ジョンの作品なんだろうか。クライマックスが近づくほどに、よりカットアップが極端へ走り、唐突に次へ進んだ。

5.Erotic Westernscape (9:21)

 最初はただ、平板なフィルター・ノイズが鈍く輝く。前曲での暴乱を悔やむように、呆然と。ときおりひらめき、それでも表情は変わらない。
 低音がそっと震える。

 タイトルへ意味がありそうにも見えるが、いっそここまでの流れを一つの作品としてみたほうが、すんなり耳へ馴染む。ストーリーとはちがった、一連の蠢きが大きなコンセプトで鳴ってそう。
 いわば音素材の取り捨て選択、ミキシングや流れのセンスを表現するかのよう。ノイズで語るのではなく、ノイズである一定時間を埋め尽くせた達成感をアピールしているがごとく。

 せっかちな切り替えを良しとした、ここまでとの音楽とは明らかに構成が違う。
 じわじわと音素材を変貌させ、表情を変える。根本のざわめく地平の空虚さは変わらない。
 音が増えて揺らぎを増しても、空気が歪んでも。奥行きの深さは変わらない。

 ループを使っていそうだが、リズミカルさは皆無。鋼鉄の波がじわじわと進んでは戻る。
 ジョンが作った一連のノイズを洗い流すかのように。

 5分あたりで聴ける、じわっと足元を不安定にして中空へ浮かぶ音像のセンスが良い。
 無重力な浮遊と、やがて存在を明確にする外世界の雑音たち。1分半後にはハーシュが侵食してしまうが、それまでのわずかな時間は、ごきげんなチル・アウトだった。

 しだいに音は整理され、玄妙な世界へ。息苦しさがまし、奥底で唸りかうめきが。

 すっ、と消える。
 
6.Multiplication (27:11)

 小さな破裂音と、静かなエレクトロ・ノイズ。ランダムにはじけ、すっとかすかなハーシュへ姿勢を譲った。
 じわじわと身体を起こす。ざわめきが身をよじりながら、主人公となる。他のノイズを脇に寄せ、新たな成分を呼び寄せた。
 くるくる身を回転し、表面のざらつきを増やす。

 まずは右チャンネルで身だしなみ。左チャンネルでぱたぱたと鋼鉄の粉末をちりばめる。
 中央ではすっ、すっとラインを引いて。
 これから始まるハーシュへの助走か。カットアップは滑らかに、表面の亀裂をぬぐってゆく。

 じわじわと油が侵食し、炎が揺らめいた。平面と炎。鈍くゆったりと振動し、崩れをにおわせる。

 広がる地平。この音素材はジョンの作品でも聴けた。こうしてみるとジョンは音素材を混在させ、メルツバウは一つ一つを観察しては次へ進む。
 10分ほどかけて、ぐっと次へ移った。

 平面のざらつき。透き通るフィルター・ノイズ。中央突破で。突き破ったフィルターは、空気を鋭く焼く。
 周辺で幾つかのノイズが蠢くが、客体でしかない。
 ぐっと腹に力をいれ、前へ噴出す。次第に周辺もまとわりついてサポートを始めた。

 泡立ちが激しくなる。場面展開は頻繁だ。カットアップのタイミングはギリギリまで短くし、空白を作らない。
 さらにクロスフェイドを心がけたか、複数のノイズを操って表情を変える。

 数分単位で音世界が次へ進んだ。
 たとえば14分あたりで聴ける、静かな針音。密度は濃くしているが。こういった静寂性は秋田とジョン、どちらのセンスなのかが気になる。

 濃密な低音が溢れ、濁流と混在して美しく響いた。ハーシュがじわじわと足元をぬらす。轟音ではあるが、さほど凶悪さはない。
 ぐらり、ゆらいで続く。
 フィルター・ノイズも加わり、奔流の一要素と鳴る。

 ジョンが使った/作った音素材をずらり一面に並べ、ノイズの絵巻をメルツバウは広げた。
 ストーリー性よりも羅列のイメージが、正直強かった。

 エンディングは低音と小さな破裂音に。かすかに軽やかな音が聴こえる。
 収斂して、闇に。                                                            
  (2006.5記)

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