Merzbow Works
Minazo vol.1(2006:Important records)
江ノ島動物園で2005年10月4日に死んだミナミゾウアラシ"みなぞう"に捧げられたアルバム。
中ジャケには日本語/英語による"みなぞう"の死を惜しむ暖かなエッセイが収録された。文章を書いたのは秋田昌美。2006年のクレジットあり。
紙ジャケの表は、おそらくジェニー・秋田作と思われる"みなぞう"のイラストあり。雲の上に乗って手にバケツを持っている。中国の仙人を思わせるデザインだ。日本語で"美男象"の文字もある。
エッセイを封入したためか、どこにも録音時期や曲名クレジットが無く残念。
"みなぞう"の死に伴って録音されたならば、2005年10〜11月と推測する。
録音してからあっというまにリリースされた計算だ。インポータント・レーベルはメルツバウの音源を素早くリリースできるのかな。
本盤リリースに伴って、Tシャツも販売された。東京のロス・アプソン限定商品化は不明。LPによるvol.2もリリースあり。未聴なため違いはわからない。LP盤は限定1000枚、ジャケットのイラストは秋田昌美による、という。
基本はハーシュだが、アナログ・シンセを織り込んだ生々しい音像が特徴。即興的に作ったのか不明だが、細かいところまで目の届いたきめ細かい展開のノイズが聴ける。
どの曲も暴力的に炸裂せず、静かに淡々と展開する。死を悼み、むせび泣くかのよう。
いわばメルツバウ流の、厳粛かつ厳格なレクイエム。油絵のようだ。
<全曲紹介>
1・ (13:49)
甲高い電子音が幾筋も舞い、アナログ・シンセとおぼしき太い響きがぬめる。ゴムの表面をこすっているかのよう。アザラシの表皮を触ったら、こんな感じだろうか。
ループ使いは希薄で、複数のアナログ・シンセ音源の対話でビート感を出す。後ろで脈打つような音が、基調リズムか。
シンセ音はリアルタイムでダビングしてるのかな?PCで波形操作しているそぶりは無い。ひとつの音をねっとりと注ぎ込む。
背後のハーシュも存在感を増した。力尽きる危うさをまとって。
しだいに全ての音が収斂し、方向性を明確に流れてゆく。
音量小さめで聴くと、凄みよりも切なさを感じた。生々流転か。
シンセのパルスが鳴き声とダブる。
背後のハーシュはスケール大きく大海に繋がり、シンセ音もぐっと背後へミックス。氷点下の寒々しい音色と変わった。
明確なリズムは出さず、パルスだけがパターンを変えて淡々と続く。
9分前後の、ぽおんと空虚な奥行きにぞくっとした。
直後、世界は抽象度を増して跳ぶ。ぬかるみの上で懸命に加速する。
後半のスリリングさがかっこいい。
2・ (14:47)
じりじり蠢くフィルター・ノイズで威勢良く幕を開け、直後にミニマルな高速ノイズで表面を覆った。極低音が鈍く漂う。
マック一台で音を作ってた作風の路線をイメージした。が、耳をつんざく高音は控えめ。しかし個々の音をじっとり溶けあわせた。
左右にパンする電子音を基調に、いくつもの音が現れては消える。
スピードをあえて抑え、じっくりとノイズに向き合った。4分あたりから音に深みや高さも加える。
直後にするっと音数を絞り、透明なハーシュも。バランス感覚良くアレンジした一曲。
咀嚼音めいたノイズと低音が並列に進む。全般的にどこか影をまとってる。
じきに音数が増え、厚みを増した。一瞬だけ、(1)でのシンセによる鳴き声も挿入される。
深海へ泡立ちながら潜り、力強く尾びれを動かす。濁流をものともせず。
きいんと高音のみ響く瞬間が、ストイックに。
ぐっと寄ったカメラで、みなぞうが奔放に泳ぐ姿を映し出したかのよう。
絶対に肉眼で見ることはかなわない躍動する光景を、ノイズで見事に表現した。
ひらりと身を翻し、素早く前へ進む。最後はフェイド・アウト。
3・ (18:49)
軽快なパーカッションの乱打。音色を加工してるようだ。ハーシュがずるりと滲み、ぐぎぐぎと震える。回転しつつ収斂。鋭い湧き立ちが鳴き声のように。鈍い低音が漂う。震え、体をゆすった。
どっぷり巨体が鈍く光る。パーカッションは骨格だけが残った。すいっと身を引く。
太い音が次第に細まり、テンポを落として。一歩引いた。口を捻じ曲げて詠う。
低音の響きが補完し、軽やかにシンセがひとつ、またひとつ。
テンポは無く、滲み出すハーシュがスピーカーを揺らした。重たい空気の高まり。
冒頭の軽みはあっというまに消えうせ、野太い唸りが漂う。
力尽きるサイレンのごとく、生まれては消えた。基調はすっかり灰色に。
ふたたび、苦しげに軋む鳴き声じみた電子音の歪み。着地せず、繰り返しをまとって中空へ吠える。
音要素は次第に増える。濃密な塗りつぶしが繰り返され、合間から別のふといゴムの貫きが現れては次の音へ変わった。勢いを増し、貫く。
いつのまにか主役が変わり、甲高い高速のパルスが中央にそそりたつ。新たな黒光りするノイズの登場。あきらかに回転数は落ちる。
ドリルが空気をかき回した。
砕片のちらつき。回転が上がってはさがる。ゴールを明示せず、ただ回転。諦観を見せて。エコーをまとい、地平から浮き上がって。
さまざまなテンポが同時進行する。しかしポリリズムのスリルは強調せず、大きなグルーヴで前へ。
ひと時も立ち止まらない。ストーリー性は希薄ながら。寂しさが香る。
最後まで収斂せず、土壇場で新たなハーシュの予感を見せながらフェイド・アウト。
4・ (11:17)
高速の振動がすぐさま幕を下ろし、甲高い高まりが一面に広がる。矢継ぎ早に吐き出す細かな粒子が地の上で爆ぜた。おもむろにひとかき、ふたかき。
外では地面を蹴散らし進行し、中では危なっかしげな脈動。バックと中央の音配分を明確にした。せわしないパルスは、次第にテンポを下げる。
新たなハーシュのエンジンが活動した。豪快につんざきパルスへエネルギーを与える。
外の世界はベールの奥で脈動し、中央のノイズが活き活きと身をよじる。ループではなく生々しいリアルタイムの変貌をもって。
一人セッションの趣きが強い。ここでは力緩む瞬間でさえ、強靭な意志を感じた。
数本のノイズ絵巻がよじられ、肉太のニュアンスで立ち上がる。レクイエムは前曲まで、新たな肉体を目指したか。
どんどん音像は厳しく鋭く、エッジが四方八方に尖る。シンセらしき音がぐよぐよとうねり、横断した。
強烈なコーダを期待したが、残念ながら静かにフェイド・アウトする。ある意味、情け容赦なく。 (2007.5記)