Merzbow Works
Life
Performance (1985/2016:Cold Spring)
Recorded At
Merz-Bau/ZSF Produkt Studio
Mixed At ZSF Produkt Studio
Remastered At
Munemi House
Music By, Tape Loops, Noise Electronics, Effects - 秋田昌美
1985年の初期カセット作品が2016年にリイシューされた。
初期作品は今一つ全貌をつかめないが、Wikiなどをもとに本盤の発売周辺を整理してみよう。
80年頃にメルツバウとして活動を始めた秋田昌美は、自主レーベルをLowest Music & ArtsからZSF
Produktへ83年頃に名称を変えた。このころのメディアはカセットが主となる。製作の手軽さと、メール・アートであちこちに作品を送る秋田として、ハンドリングしやすかったためだろう。
"Life
Performance"のタイトルで83年から84年初頭にかけ、5本のタイトルがDiscographyにある。本作はその一環のプロジェクトなはずだが未聴のため、言及はできない。
秋田はこの時期から既に活発な創作/録音活動をしていた。カセット5本組になる"Pornoise"を前年12月に完成、その次くらいにの85年2月に録音が本盤となる。
もとはメール・アートとしてZSFで製作され、同年にフランスのレーベルSyndicatから"Live Performance Feb
'85"としても再発された。
さらに86年、ZSFから本盤の音源を"Nil Vagina
Mail-Action"と変え紙製レコードでも、リイシューされたらしい。"Nil Vagina"の言葉は50枚組MERZBOXの12枚目、82年の音源に"Nil
Vagina Tape
Loops"と名付けられた。元はポルノティックな発想で言葉を使い回ししてると思うが、秋田の中では即興的にさまざまなイメージが交錯していそう。
この再発盤はカセット音源から秋田自身が自宅スタジオでリマスターした。高音部の鋭さはときどき感じるが、全体的にはリミッターがかかり潰れた印象。カセットテープゆえの限界か。
全体的にはテープ・ループを基調にさまざまなノイズを足した。垂れ流しに終わらず、カットアップや編集を施しドラマティック性を作るのがメルツバウらしい。無機質で金属的な一方で、素朴な電子音が現れるなど幅広い奥行きを作る。
ノイズの集合と連続性は単調に見せかけ、かなり細かく変化した。
<全曲感想>
1. Nil
Vagina Mail Action Pt. 1 15:56
空気を切り裂くエンジンめいた風切り音が現れ、テープ・ループのように断続的に繰り返す。このとき、サンプリング・マシンなどないはず。リアルタイムにスイッチを押して、接点でノイズの出し入れか。
ある種、単調でシンプルな世界。本盤のこのあとで聴ける複雑さと対照的だ。
フィルターが口を開き、閉じる。やがて音色がどんどんフィルター処理され、ひずんできた。じりじりと新たなノイズが地平をこすり始める。
タイム感はいっしょ。しかし音色が変わっていった。途中で背後のノイズがテンポアップ。はじけるように叩きだす。
5分過ぎ、ぐしゃぐしゃに崩れた歌謡曲っぽい音楽の残骸が現れ、風景がガラリ変わる瞬間がかっこよかった。冒頭のフィルター処理を生かしたまま、世界は次第に鮮やかさを増していく。いつしか音像は複雑になっていた。
テレビ・ドラマのコラージュか。人の声っぽいノイズが現れては消えた。掘削音めいたノイズに主軸は変貌している。
がつがつと機械がぶつかる音の緊迫感が、カセットテープのひしゃげた音色でいくぶんマスクされた。これは意図せぬ効果と思うが、微妙なマスキングや緩和度合いが面白い。激しさが古めかしい穏やかさに変わる。
11分過ぎに軋んだ金属製の咆哮が現れた。冒頭のシンプルさとうって変わり、すっかり音像は濃密に混ざっている。
カットアップも行いつつ、アナログ的な危うく掴みづらいサウンドを展開した。
エンディングでキメのように炸裂して終わる瞬間がかっこいいな。
2. Nil Vagina Mail Action Pt. 2 15:28
ここではシンセの行き交いがテーマか。最初に提示のテーマへ、すぐに細かなノイズがかぶさり、別の電子音が現れる。断片が揺らぎ混ざって見通せぬ濃霧を作った。
ハーシュだけでなく電子音が明確に鳴ることで、わずかにコミカルな風景を描く。
テープ・ループが幾層にも重なり、波打つ空気が不明瞭に沸いた。
叫び声みたいな音が、規則的に響いて小節感を作る。だが全体的には個別のノイズがそれぞれにテンポを持って拍頭は取れない。
編集の妙味が漂う。瞬時に現れ消える人の声みたいな音は、あとからかぶせたコラージュか。流しっぱなしでなく、ほんのわずかなひと時だけ、現れては消えるノイズがいくつもある。贅沢でふんだんなアイディアを投入した作りだ。
転がる音、軋む音、連続的なフィルターノイズに、波打つ電子音。それらすらも持続せず、自在に出し入れされる。85年時点で、どの程度のMTRがあったか知らない。いずれにせよ、手間をかけ凝ったノイズだ。轟音の快楽に淫せず、ノイズを使ったオーケストレーションを意識し、常に異なる風景を描くメルツバウの真骨頂が味わえる。当時の機材で、ここまで手間をかけていたのか。
3. Nil Vagina Mail Action Pt. 3 14:24
オリジナルはここからB面。ちょうど60分テープを使ったかっこう。
テープ・ループを背後に回し、リバーブをかぶせた電子音をリアルタイム処理してるようだ。
鈍いノイズが空気を揺らし、太くも甲高い電子音が空気を大ナタで切り裂く。じりじりと滲むムードは連続するが、サウンドの質感や細かな風景は変化し続けた。細かいビート感を、震えるノイズに感じる。勢いある流れ、吹き出しちぎれて舞う水しぶきを連想する。
きつくよじられる金属質の音であっても、表面は細かい。複数のハム音が並列して同時進行で別のタイミングで唸り続ける。このオーケストラ感覚が心地よい。メルツバウならではの重層的で物語性のあるノイズだ。
終盤でハム音が存在感をぐっと増す。塗りつぶされる空気。しかし、一本の空洞を持ったノイズがふよふよとランダムに鳴った。この異物感と非連続性こそが、ノイズの醍醐味と思う。急速にフェイドアウトして終了。
4. Nil Vagina Mail Action Pt. 4 12:00
瞬時のフェイドインで立ち上がるが、前曲との連続性は今一つわからない。ハム音の質感は共通する一方で、強靭なゴム製の平べったい紐みたいなノイズが冒頭から暴れるため、ちょっと音の質感が異なっている。
シンセの震える高い音、冒頭のノイズはすっと音量が下がる。飽和の一方でメリハリつける引くミックス感の出し入れを、既にメルツバウは意識的に行っていた。
次々にノイズを足して混沌を作るのでなく、混沌の中に理性的な取捨選択の審美眼を持つ。
3分過ぎでチリチリ鳴るノイズの断続と、軋むざらついたノイズがブレイクのようにノービートで立ち上がり、どんどん音数が減る。
ひとしきりデュオで盛り上がったあと、スリリングに音がよじり詰まっていく。しゃべり声みたいなコラージュが小さな音でミックスされ、煽られた。この辺のセンスが抜群に刺激的だ。
しだいに人の声の変調音が存在感を増すバランスになり、電子音と混ざり泡立つ混沌へ潜っていく。さらに別の譜割でノイズが暴れ、立体的に音像が変化した。
5. Nil Vagina Mail Action Pt. 5 4:46
シンプルな野太い音。硬質ゴムの表面をこするかのよう。ごく小さく、甲高い電子音が聴こえる。幻聴だろうか。やがてノイズが幾種類も沸き立って、主軸となるノイズを賑やかに飾り始めた。
それぞれがリズミックに吼え、ポリリズムな混沌を産みだす。明確なビートをそれぞれは持たないけれど、なんとなくのパターンや繰り返しがいつしか小節感を持ち、てんでに溢れる無秩序へ誘われる。
約15分と長尺が続いた本盤の中で、B面最後の時間調整のように現れた数分の小品。
アンコールでの簡単なソロ演奏、みたいに捉えていいのかも。
といっても野太いゴムこすり音はループで、同じパターンを繰り返す。むしろ周辺のほうがリアルタイムに変貌してるのか、ひと時たりとも同じ音が出てこない。
突き立ち、沸き上がり、噴出し、崩れる。パルスがそれぞれの周期で入り乱れた。
ゆるやかにフェイドアウトして、幕。
(2016/9:記)