Merzbow Works
Hatobana
(2016:Rustblade)
Recorded and mixed at Munemihouse, December
2011 - 2015.
Music By Masami Akita
メルツバウが破壊志向でなく、音色としてノイズを選択と実感した。
ここ数年の活動をまとめたオムニバス式のアルバム。バラエティに富み、メルツバウやノイズの入門者向。
イタリアのレーベルから発売の本作は、そもそもはCD2枚組。デラックス版としてもう一枚CDを追加した3枚組も同時発売された。
クレジットへあるように秋田昌美が11年から15年にかけ、(たぶん自宅の)ムネミハウスで録音した音源を収録。多作であり次々にアルバムをまとめるメルツバウにしては珍しい構成だ。
しかも一曲が比較的短い。3枚組の場合、15曲入りで長くても20分、ほとんどが10分未満の曲が並ぶ。さらに演奏スタイルもまちまち。いちおう3枚目はボートラ扱いっぽいが、最初の2枚もガチガチに音楽コンセプトを固めていない。
実際、過去曲の再収録も本盤では行われている。意外と珍しい。
wikiによれば13年4月3日のインタビュー記事で秋田が言及している、香港のNoisoke Recordsから発売予定の3枚組が本盤の母体だそう。
http://thequietus.com/articles/11806-merzbow-interview
少なくとも本盤には15年の最新録音までが含まれており、実際はリリースにあたりメルツバウはコンセプトを変えて本盤に至った。
メルツバウは09年あたりから変わり続けている。
ラップトップ・ノイズからアナログ回帰へ。
ここにはラップトップ時代のサンプリング・ループから繰り返しによるパルス性、すなわちノービートからリズミックさへの変貌を含む。アナログ回帰の過程でメルツバウは生ドラムセットにも着手してきた。
いっきにメルツバウは変わらず、じわじわと変化する。それは多数のリリースゆえに達成できる表現の表出だ。
そもそもCDにメディアが移った時点で、メルツバウは長尺でじっくりノイズを繰り出す手法を得意とした。オーケストラのごとく多数の音要素を混ぜあわせ膨らませる、音楽スタイルにも相性が良かったし。さらにラップトップのリアルタイムな波形操作にも長尺の構造は馴染んだ。
だがメルツバウはひとところに止まらない。そんな変貌の過程が、本盤では明確にわかる。一曲一曲、それぞれに異なるアプローチを取っている。一口にノイズと括った場合、その中身はいかに芳醇なことか。
アルバム・タイトルの"Hachigata"としてバージョン1を除く4パターンが収録された。バージョン1は試作としてオミットされたか。
なお本タイトルは東武東上線の鉢形駅が由来という。なぜこの路線なんだろ。
メルツバウのLP"Grand Owl
Habitat"(2013)にはその次の玉淀駅の名を冠された曲があり。さらに鉢形の前、玉淀駅は"Tamayodo"(2013)というアルバムもリリース済みだ。
さらにDisc1の(4)はRavenやDao De NoizeとのスプリットCD"Animal Liberation"(2015)の再収録。Disc
3でなくDisc 1に収録がポイント。ボートラ扱いでなく、アルバム"Hachigata"の一要素として組み込まれた。
Disc
3の(5)(6)は豪Retort
Recordsから同名7"で12年発売の再収録。同(3)(4)は13年に発売予告のみで未発表に終わった7"の音源らしい。ここに投稿あるが、口琴をテーマに複数のミュージシャンへ製作を依頼した一連シリーズという。詳細はこれ以上辿れず、他の7"シリーズごとポシャったのか、メルツバウだけでなかったのかは不明。
http://merzbow.proboards.com/thread/167/calling-rain
とまあ、そんなふうにさまざまな録音時期の作品が集まった本作。統一感よりも旺盛で変化し続けるメルツバウの創作力に浸りたい。
旋律とリズムと和声から解放されてノイズを自由に組み合わせた、のびのびした音楽が楽しめる。
<全曲感想>
1-1 Hachigata
2 7:16
おそらく録音順と思われる番号順でなく、いきなり2番から始まった。あえてここで1番をつけたり何らかの別タイトルを選ばず、無造作なタイトル付けが面白い。なお1番は本盤へ未収録。没ったか。
最初はPC仕掛けのノイズみたいな規則性と連続を感じたが、たぶんすべてアナログ。ドローンと上物のハーシュが組み合わさる。背後に薄くシンセみたいな倍音が金属質に鳴った。
規則性やミニマル志向ではないが硬質な一本気と、波打つように複数の要素が入れ代わり立ち代わり変動するダイナミズムがいい塩梅だ。
1-2
Fragment R 17:32
シンセのノイズに、エコーをたっぷりかけた打楽器が加わる。咆哮する金属質は別のかきむしりか。
ピッチを高く張ったドラムがおもむろに乱打を始める。ときおり打たれるシンバルが、電気ノイズと混ざりうねりを作った。
中心を敢えて置かず、ドラムとノイズの交錯がたっぷり広がった。やがてシンセも戦列に加わり、野太くも柔軟な音色で暴れる。音操作は素直に多重録音でなく、逆回転みたいな効果も施した。
ノイズを録音し、さらに卓上でエフェクト処理の凝った構成。メルツバウ流のノイズ・オーケストレーションがたっぷり。
1-3 Hachigata 3
9:09
エフェクタ・ノイズが暴れ、硬質でハードな幕開け。本盤は全編ノイズながら、曲によって現代音楽風から電子音楽まで幅広い。この曲はドラム演奏とは別次元の、ノイズによる肉体性が強調された。
途中でシンセが高らかにサイレンを鳴らす。それも一本調子でなく、うねり変容して。緊迫した風景を表現か、それとも駅舎の日常をノイズ目線のフィルタに通してみたか。
シンセ・ドラムっぽい響きのドラムも加わる。実際は生ドラム演奏をフィルタ加工して周波数変調かな。
いつのまにか冒頭の緊張がほぐれ、筋肉があったまるように柔らかみが音像に香る。
しかし寛ぎは許さない。激しいノイズの線が立ち上り、平たい壁の前で捩った。
つまみをゆっくり操作するようなパルスの変貌。ノイズは休まず繰り返さず変化を続ける。
終盤の軋るような音は、バイオリンみたいな弦楽器を弾いているのか。
1-4 Granulation 221 20:04
高速テープ処理のように目まぐるしい変化で幕開け。前曲での軋み音が、もう少し生々しくかぶさった。ドラムの高速進行からうねるノイズ、そそり立つハーシュ。前曲の素材をさらに変化させたかのよう。
ざらつきながらも滑る板の上を、細くささくれたノイズが震える。ちょっとすっきり。背後のドラムも強烈に加工され、軽やかなパーカッションで彩った。
じわじわと時間をかけてノイズは水っぽさを増す。気が付くとぬかるみの中にノイズはいた。
これはすべてアナログだろうか。PCでの波形編集みたいな要素も感じた。
あからさまに編集めいた場面変更はない。けれど音像の転換はいさぎよい。ゆるやかに変貌、しかし瞬時の転換。相矛盾する表現だが、本曲を聴いてるとどちらの要素も感じた。
場面転換は目まぐるしくはない。ノイズがもたもたしてないんだ。
しかしこの盤の流れで聴いても、違和感なくすっぽりハマる。
2-1
Kibushi 16:33
ここからDisc
2。唸るジェネレーター。高速回転が力強い。猛烈に回転しながら火花を飛ばし、おもむろに全開出力へ。がりがり回るノイズがまっすぐ一本で突き進んだ。
華々しさよりも着実さ。明るい風景よりもトンネルが似合う。軸のノイズと周辺のきらめきで表現し、装飾は最小限にした。
わずかに体躯を揺らしながら、軸はぶれない。しかし音色は変わっているか・・・?きめ細かさは増す。千々に舞う細密なノイズが噴霧された。
淡々と楽曲は進む。変化の多い他の楽曲に比べ、この曲はシンプルだ。
2-2 Hachigata 4 6:17
軋む音からシンセの暴れへ。6分程度と比較的コンパクトな構成で、みっちりと複数のノイズをねじ込んだ。
慌ただしい噴出はドラムも背後で色を添える。コンパクトに小気味よく電子音が、フィルター潰れたドラム音と競り合い、跳ねた。
耳の置き場所、中心を探してるうちに曲が終わってしまった。
2-3 Tsuchii 11:44
ダラブッカみたいなシンプルな打楽器と、シンバル。さらにノイズが同期した。リズム・ボックスのパターンをフィルター処理か。ビート性が強く、小節感もある。
ホワイト・ノイズからパーカッションの澄んだ音まで混ぜこぜに、濃密な空間だ。リズムに耳を澄ますとダンサブルさはあるけれど、全体にはもっと地に足が付いた。
埋め尽くすハーシュ・ノイズが小節線を溶かし、ランダムなうねりでポリリズミックに膨らます。
電気仕掛けの抽象性と思わせて、実音の打楽器が混ざってくる。幻想と現実を行き来した。素早くみっちりと。
リズムもいつしか寸断され、ランダムではないが規則性もあやふや。頻繁にひっきりなしに鳴るのだが、テンポ感があいまいになってきた。せわしなく前のめりなビート。けれどテンポはしばしば変化する。ポリリズムよりも、瞬間ごとに異なるテンポをパッチワークかのよう。
2-4 Granulation D 18:09
スペイシーにふくらみ漂う電子音。ハーシュが突っ込み、身をよじった。基礎となるシンセのパターンが雄大で、スケール大きい世界だ。ノイズが大海原で奔放に震えた。
ノイズは太いままではない。じわっと中空になる。輪郭だけが脈動しながら変貌し、透明度を増した。
シンセのパターンは延々と続く。上物が変化していった。一本だけではない。途中から新たなノイズも加わり深みと複雑さを増やした。
喧しくも鋭利な音像であるのに。なんだか寛ぎと平和な面持ちもあり。メルツバウのノイズに親しんだせい。最初にこの音を聴いたらノイズである。しかしメルツバウのさまざまな作品を聴き進めると、印象は変わる。
本盤みたいにデジタルなシンセのループと、アナログのハーシュが組み合わさる世界は秩序と混沌がいい塩梅で両立して、調和を持っている。たとえざらついたノイズが一杯だとしても。
シンセのループは、すごく長いフェイドアウトで音像から消えた。ほぼ8分をかけて。消えて、いるよな。ノイズの奥にまだループの残像がいるように思える。
ループが消えても一定の重みは曲想に残っている。いや、ループの余韻がそう思わせるのか。曲の終盤では表面上、複数のハーシュが暴れあっている。
3-1
Hachigata 5 6:18
ここからはボーナス・アルバム。
太いシンセの脈動と、ゴムのように引き延ばされたノイズ群の自己主張。前曲と同様に規則正しい脈動が安寧を表現し、幾層もクリアに重なるノイズのレイヤーが雑踏めいた混沌を表す。混沌と言いつつもランダムではない。それぞれが固有の流れを持ち、さらに数本は即興で形容を変える。
数分経過するたびに、低音の脈動が音程を変える。それが和音変化を導く。上物はノイズばかりで音程感はとても希薄だが。
3-2 Hato
2231 4:07
シンセが低音で脈打ち、賑やかにハーシュが空間を彩った。生き生きとノイズが跳ねる。最初は左、次に右。音数が増えて空間が埋まった。
小刻みかつ軽快な低音の電子音。釣られずにハーシュの広がり。持続音から噴出、固まらずひっきりなしに形状が変わる。この自由さこそノイズの愉しみ。
轟音にするほど情報量が増える。スピーカーから新たな音要素が姿を現し、空気を違う色で震わせた。
短い曲ゆえに、あまり大きく場面転換はしない。アイディア一発で進む。しかし2分40秒過ぎ、低音のパターン変化で景色が移る。段階かけて上昇した階段が、飛翔に変化した。
強引な収斂で曲が終わる。このままもっと先があるのに。
3-3 Calling The Rain (Part 1) 4:09
弾む音、叩く音、跳ねる音、擦る音。さまざまな実音が混ざり合い、混沌のビートを作った。個々のパターンを持つ音はごくわずか。それよりも瞬発的、乱打、唐突さのほうが強いか。
それら偶発性がせわしなく混ざり、無秩序ながら一定のうねりを持つグルーヴを作った。雑踏を打楽器で表すかのように。
すべてが実楽器、かな。バイオリンやドラムに各種の打楽器を足しているようだ。一発録音でなく、全てが秋田の演奏か。ならば本当にトラック数が多い。個々の音を聴きながら足してるのか、それともランダムに録音した素材を、無造作にミックスか。どちらだろう。
音のエフェクタ処理は、フィルターが入ってるとしても。生演奏のダイナミズムのほうが聴覚上は強く感じる。ハーシュを控え現代音楽なアプローチ。すべて即興とは思うが。
3-4 Calling The Rain (Part 2) 4:35
パート2を記載ながら、アプローチはだいぶ異なる。バイオリンの軋みを実楽器として残し、他は電子音を混ぜた。打楽器の残骸やパーカッションもいくつかは存在する。
けれども電子音のインパクトに溶け、電子加工されて聴こえた。充満する低音成分と、広がるシンセの広がり。音数はパート1より少なそうだが、密度の違いで時間の加速度はこちらが速く感じた。
無造作にこすり続けるバイオリンの軋み。電子音の脈動。それらが微妙なリズムにはなっている。どれか一つの音に着目し、もう一つのノイズと絡み具合を意識したらポリリズムな勢いとも解釈して聴ける。
だがそれより音像全体が産む混沌を味わうほうが、楽しいか。
実音の凝縮なパート1、音を絞りながらも電子音で充満させたパート2。対極的なシングルを作ったものだ。
3-5 Ko To No O To
(Part 1) 4:25
強い打音をさらにエフェクト処理して雄大なノイズにまとめた。低音にドローンを配置して、次々に激しく鋭い音を足す。やがてシンセがまとめるように現れ包んだ。
各帯域に異なるノイズを配置し、高音部で勢いよく噴出するハーシュ・ノイズ。
しかし破壊もしくは破滅的なムードはない。切り裂きざらつく音色なのに。どこか雄大で寛いだ余裕があり。
タイトルは「事の音」、だろうか。「弧と野音」を当てられないか。ススキみたいに枯れた広々した月夜の野原を、キツネがくっと顔を上げながら歩く風景を想像する。風と、震える動きを。
3-6 Ko To No O To (Part 2) 4:07
こちらのパート2もパート1と違うアプローチ。乾いた打音とフロア・タムの鈍い響き、弦の軋む音とシンバルの金属質な鳴り。音はエコーとフィルターがかかってるが、楽器の生音を生かしたノイズ作品になった。あいまのカタカタ言う音はリズム・ボックスの高速処理か。シェイカーも混ぜてるな。
幾層もの打楽器が幕を作る。拍頭はありそうで、無い。ポリリズムの海を、弦楽器の軋みがふらふらと漂った。
3-7 Guitar 10:15
あからさまな楽器名をタイトルに冠した。しかしメルツバウがやること。ストレートにギター・ノイズなわけもない。冒頭はハーシュで埋めた。実際にギターを通したノイズなのかは不明。
ハードロックでギタリストがディストーションを効かせ、さまざまにエフェクタを通した歪んだ音色。そこからエフェクタ処理のみを取り出したかのよう。
これがノイズの本質。こういう曲のほうがメルツバウが産むノイズのカタルシスを感じやすいかも。
不快感や破壊衝動の昇華でノイズではない。異化効果を意識し、音楽から派生と周縁を抽出した。途中でわずかに音程感ある場面もあり。実際にギター演奏かな。歪ませて暴れるエレキギターの骨格と輪郭を強調して、痛快な音像を作った。 (2017/11:記)