Merzbow Works

Hard Lovin' Man(Anoema Recordings, 2001)

All composed & processed by Masami Akita

 本レーベルから、発売に至った経緯は良くわからない。
 レーベルの解説文書によると、ディープ・パープルの同名曲を下敷きに作成したそう。原曲を聴いたことなく、聴き比べできないが・・・。本盤へは同タイトルの2曲を収録した。(2)が自宅の録音、(1)は(2)をモチーフに拡大させたライブ・テイク。

 このころメルツバウはすでにラップトップへの移行を済ませていた。本盤では多層構造を見せながらも、濃密な音世界を作らない。
 あくまでもシンプルに、雄大なデジタル・ノイズを提示した。ループを強調したラップトップ時代らしい一枚。

 ハーシュでも暴力性は控えめ。空気を押し広げるような凄みを感じる。音色やスケール間をさまざまに変え、ドローンめいたギター・ノイズの変調で空気をふるわせる。ビート感を控えめにして。

 クレジットにはAnne Hamalainen(英語表記)の写真を使用とある。ジャケットのこと?ならばこの写真がきっかけで、本作が産まれたのか。

<全曲紹介>

1. Hard Lovin' Man (41:49)

 Recorded live at Gloria,Helsinki 11th October 2000
 Remixed at Bed Room studio,Tokyo 10th January 2001
 
 クレジットによれば2000年10月にヘルシンキで行われたライブ。(2)の素材を一週間前の寸前に作成し、ライブへ持ち込んだようだ。メルツバウは後に「曲」をライブで演奏する、とインタビューで語る。このときが嚆矢かもしれない。どこまで意識的だったかは不明だが。
 リミックスのせいか、すっきりとした音ざわりになっている。空間の奥行きは控えめ。ライブ音源といっても、PA経由の録音とは思うが。

 ちりちりと電気の小さな毛糸球が左右をめまぐるしく転がる。じわじわとにじむ低音。スピーカーの奥底で、ドローンが息を潜める。かすかに。
 おもむろに、ギターのストロークがリピートされた。これはサンプリングだろうか?

 ハードロックへ目配りした作品のようだが、ビート感は希薄。繰り返しでリズムを提示するが、すぐさまハーシュの広がりに塗りつぶされた。
 ひらひらとエレクトロ・ハーシュが頭上で舞い、のっぺりとせまりくる。
 やがて低音がのし、鋭いノイズも宙を切る。隙間無くフィルター・ノイズで塗りつぶした。
 低音がじんわり程度にミックスされたせいか、どこか涼しげ。

 ループはいつしか背後へ下がり、中央はまぶしげな電子音がひらめいた。高音のループが執拗に繰り返される。鳥の鳴き声と大海の広がりを連想する。
 豪快な泡立ち。果てしなく噴出し、飛沫の奥からギター・ストロークのループが覗いた。しだいに波を吹き飛ばし、前面へかき分けた。

 世界の進展は緩やかだが、細部ではまったく立ち止まらない。全体の吹きすさぶ曲想はそのままに、前面に出るノイズは次々に変わった。
 鈍い音が低音をまとって激しさを僅かに増やす。冒頭に中央で回転していたノイズの音成分を変えたかな。

 ふっとブレイク、冒頭に戻る。しかし濁った表面は底光りし、重たく聴こえた。
 フィルター・ノイズの瞬き。先ほどの音色と異なるが、微妙に世界観は繰り返す。
 噴出し続けず、ときおりつんのめる。低音から高音まで収斂しベクトルを見出した。

 全身を折っては起こす。右チャンネルへ電子の舌が伸びは縮んだ。
 執拗な繰り返しは低音のカットバックを踏まえた。さらに甲高いフィルター・ノイズもカットアップへ一役買う。音が軋み、鈍い低音や別の音が同期して音色を膨らませる。あまりにストイックな一幕。
 テクノのループとは違う。さまざまなハーシュをミックスし音色は目先を変えるが、透徹な繰り返しは酩酊を誘った。

 ドリルかモーターのような高速回転へ、音像は変貌した。全方位に空間を切り裂き、中央から突破を図ったノイズがひらめいて消えた。
 足を止めて体を輝かせた。鈍くきらめく輝きは回転とハーシュの風をまとわりつかす。 やがて冒頭の回転へまたしても戻る。しかし音構造を複雑にしたノイズは、もはや別世界だ。
 すっと奥行きを消し、表面へにじり寄って回転。高速に素早く。空気を切り裂いた。唐紙を毟り、ちぎってしゃくりあげる。つぶやきは次第に太く硬く高まり、底を広げて立ちふさがった。足元の泡立ちはきめ細かく濡らす。

 さらに場面転換。穴ぼこだらけのスポンジが左右でしなり、軋む電子音を含んでゆっくり上下に動いた。唐突に途切れ、かすかな泡立ちとなって消えた。

2. Hard Lovin' Man (19:48) 

 Recorded at Bed Room studio,Tokyo 5th October 2000
 Remixed at Bedroom studio,Tokyo 8th January 2001

 スピーディなフェイド・インで幕を開けた。金属を叩いた余韻も含めたループのようだ。うわぁんとハーシュの残響が膨らんでは、ループの冒頭に戻る。
 (1)のライブ・テイクよりはシンプルな印象。淡々と繰り返しの上で、ハーシュがじわじわと蠢く。
 吹き荒ぶ砂塵はゆるやかな輪を描き、周辺に立ち止まった。

 ざらつく足元はみるみる粒が細かくなっていく。しかし沈まない。硬い平面が確かにある。
 すっと足元が消えた。ループは執拗に残る。

 低いドローン、迫る荒触りのノイズ、繰り返しの鈍い響き。重心をぐっと下げて、重厚に音像が組まれた。
 ときおりパターンは解体され、つんのめる。変化を求めて、だろうか。
 すぐにもとの風景へ、何も無かったように戻る。うわもののハーシュはサウンド・バランスと表情を変えながら。
 ハードなタッチながら、ミニマルなアプローチを感じた。繰り返しの産む酩酊へ向かうかのように。

 7分30秒あたりから、左チャンネルで数音の高い電子音が響く。最初は幻聴かと思った。耳を澄ます。たしかに、存在するようだ。
 闇と混迷の世界から、異物として主張する信号のように。この構成が持つスリルに、ゾクッと来た。

 やがて右チャンネルの音も捩られ、太いパルスに変わった。左チャンネルへの、応答か。
 素地のループは変わらない。黒光りする低音を執拗に繰り返す。
 けれども上に現れるノイズの太さや表情は、ねっとりと粘りに変化した。

 10分58秒。明確に世界は変わった。
 ループは全て切り落とされ、広漠な見通しを持って。ずっと遠くで爆発、か。(1)の後半数分で現れた光景が、(2)では曲の中盤で登場した。
 ループを使用しており、本質はそれまでの重厚さと同質だ。先ほどがアップならば、今度はぐっとロングにて。
 とはいえ目の前にハーシュが飛び出す。傍観者のままではいられない。

 目前のノイズが存在感を増し、奥行きの距離感が曖昧になった。
 16分頃、世界は再び冒頭に戻る。
 鈍いループ。ずしんと響く。ディストーションがかかった、エレキギターの表面だけザックリと削ったような音色。じりじりと荒く仕上げた。

 最期の数秒、妙にポップなシンセの響き。次へ、繋げるかのように。
 なぜこのタイミングで、まったく別の風景を描いたのか。                                          (2009.5記)

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