Merzbow Works
Gomata
(2017:Hypnagogia)
Recorded & Mixed at Munemihouse, Tokyo. Oct
2015.
All Music by Masami Akita
広がりあるノイズが拡散した。鋭さよりも細密な噴出が先に立つ。
動物愛護をテーマにインド神話の牛をタイトルにあげたシリーズの第三作目。これが最終作らしい。
本シリーズは"Kamadhenu"が350枚、"Surabhi"が300枚。そして本盤は200枚と限定数も着実に減らしている。
録音は"Kamadhenu"と"Surabhi"が11年1月。本作は15年10月とかなり間を置いて製作に至った。レーベルの要請か、秋田昌美の気が向いたのか。
"Kamadhenu"はサンスクリット語でインド神話の「聖なる牝牛神」。"Surabhi"はその別名だ。本盤の"Gomata"もその関係の言葉らしいが、ぱっと定義したページへ検索で行きつかない。以下のページを見つけたが、どうやら「母なる牛」を指すようだ。
http://yadavhistory.com/mother_cow
http://www.dandavats.com/?p=10613
曲名も"Dharma(法)"、"Kaliyug(循環する時代の最終段階)"と、その関連用語が並ぶ。インド宗教の用語かな。ちょっと検索したがヒンズー教、ジャイナ教、シーク教、もちろん仏教。さまざまな宗教の概念が混ざっていそう。"Bhumidev"もその関係かも。意味を見つけられず。造語ではなさそう。
抹香臭くはない。ハーシュ・ノイズだ。しかし尖ったところはいくぶん控えめ。雄大に展開する楽想の作品を収録した。刺激は多いが、メルツバウ流の瞑想サウンド、か。
押しつけがましい暴力性や破壊衝動は本作でも皆無なため、ノイズに慣れればゆったりと楽しめる。轟音と小さい音、どちらでも。
シンプルな音構造でなく、シンセやエフェクター・ノイズを駆使した濃密な空間を作った、メルツバウ流のサウンド。
敢えてか、長尺一本でなく15分程度とそれなりにコンパクトな世界にそれぞれをまとめた。とはいえ明確な楽想の展開は無く、ひとつながりでも聴ける。逆に組曲ほど個々を関連付けはしていない。
<全曲感想>
1 Gomata 17:56
鈍くはじける音を野太いシンセが貫いた。その輝く柔軟な音が変化する。残響を持ったシンセは波打ち、揺らいだ。アナログ・シンセの響きをPCで波形加工っぽい。
実際は知らないが。いわゆるショート・ディレイの響きに留まらず、音色の質感そのものがどんどん変わっていく。
低音成分は土地。柔らかく広がる。シンセの轟きの合間を縫って、ぬうっと強く立ち上る。
シンセの響きは牛を象徴か。やがて小刻みに脈打つ。あたり一面に広がる台地の草花を咀嚼する様をイメージした。むしゃむしゃと口を動かす。着実に、しかし焦らず。
打ち鳴らすパーカッシブな音も混じる。金属質な音は表面をざらついた空虚な響きに加工された。広がり、降り続ける低音と混ざりひしゃげる。
シンセが後ろに下がり、噴き出すノイズに音像の構成が変わった。打音は加速して存在感を主張した。
風景は暗闇か豪雨か。本当は牧歌的なノイズ流の牛の咀嚼をイメージながら。重心低く降り注ぐノイズ群へ耳を任せると、光量はどんどん少なくなっていく。
聴き進めると、折々の主役は野太いシンセから打音、そして細密なハーシュと変わった。けれども着実な台地は変わらない。ぶれずに頼もしい楽曲だ。
2
Dharma the Bull 18:27
軋む音に金属製の悲鳴が混ざる。息苦しさは希薄。低音成分をあまり混ぜず、高音側に振った。スピーカーから低音周波数による風は少ない。
咆哮に悲観さも無い。悲痛なかぼそさは数を増して、少ししなやかな風景に移った。すべて一発録音だろうか。低くがりがり刻む音はループする。しかし上物は手を変え品を変えシンセと機械音が入り混じった。
明確な主旋律のノイズを置かず、膨れる生命力を様々な音で撚り編んだ。中央にまとめて、隙間なく混ざる。けれども潰れて溶ける響きは狙わない。あくまでデジタル時代のマルチ・トラックな発想で、個々のノイズはクリアだ。情報量のせいで分別して聴くことはできないが。
まさにノイズ・オーケストレーション。だが一丸となる集合体よりも、細部へどんどんピントを合わせられる明瞭さを持った。変貌し続けるメルツバウ流ノイズの真骨頂だ。
極端な変化はない。着実に曲は進み、表面と細部の比率成分が変わり続ける。
次第に収斂した。最後は甲高いノイズのロングトーンが揺れながら続き、フェイドアウト。余韻で低音を唸らせる蛇尾のような構成が、やたら飾り付けない無秩序の良さを感じさせる。
3 One Leg Kaliyug Bull 16:50
吹き荒ぶノイズの風。さらに小さくきらめく音を足し、単純な構造にはしない。間を置かず、太いフィルター・ノイズも足した。ノイズの音色を効かせつつも、持続や単調さは決して狙わない。
表面はざらつきながらもつるつると滑る。このノイズはすごくデジタルだ。すぱっと音の比率が切り替わる。上物でうねる音色はアナログっぽいけれど。
低音のふくらみもいくつかの音成分に分かれる。噴出も背後に小さくはじける音が混ざってるっぽい。ボリュームをどんどん上げて耳を澄ますほど、情報量が増えた。
それぞれの周波数帯域をまとめて聴くことで、自然と和音感は産まれる。この曲は中音域から低音側へ軸足を置いた。
平たくふくよかに膨らむ。全方向に拡大する。上下よりも水平に。ぎざぎざの集合体ながら円状の丸みを帯びて。
最後はシンセ要素が増えて柔軟性を増した。
4 Bhumidev 15:36
重心を低く、細く薄く。シンセが細く着実に絡まった。根深く音が編まれ、太いノイズに変わる。同じ音構成でなく、新たに音が加わる。それでいて前の音が消えているのか、全体の印象はあまり変わらない。
表層が次々に変わり、ざらつきの色彩が変化する。それでも全体像のポリシーは変わらない。
持続と進行。奥へまっすぐに伸びる道を、ノイズの表面はさまざまに変貌し続けた。
しかし芯は変わらない。ひたむきに進み続ける。清々しくもストイックに。
静かなフェイドアウトで幕が下りる。 (2017/11:記)