Merzbow Works

f.i.d.(Fourth Demension Records:2006)

All Music by Masami Akita
Recorded at Bedroom ,Tokyo,Nov 2005-Jan 2006

 2枚組の単独名義作。動物愛護を前面へ出したジャケット。
 表1は茶色く染まった写真の中央で、狐らしき動物が湖のほとりにたつ。表4はリス。インナーにもさまざまな野生動物の写真あり。数種の動物に対するコメントも、英語でびっしり書かれている。
 中のクレジットによると、売上げ1枚ごとに1ポンドがPETAへ寄付される仕組みらしい。くっきりとメルツバウが動物愛護へ共感してることを示した。

 タイトルは"Fur Is Dead"の略語。すなわち「毛皮は死」のメッセージをこめた。

 録音機材のクレジットは無いが、ラップトップにアナログ機材を足し込んだ感触あり。うっすらとメロディ持ったノイズは、シンセだろうか。
 音楽へあからさまにメッセージはこめていない。メルツバウらしい複層的なハーシュ・ノイズが詰まった爽快なアルバムへ仕上げた。
 轟音パワーノイズの方向性は、かなり薄い。表現主体はハーシュながら、スペイシーさも目配りし、清々しさすら覚える音像を志向。

 Disc 1 はハードな炸裂でなく、穏やかなハーシュ・ノイズのたなびきを体現した一枚。
 Disc 2 はバラエティを持たせたメルツバウのさまざまなアイディアを凝縮している。
 タイトルと音像の明確な関連を持たせて聴くべきか。音だけでも十分に楽しめるが。

 ためしに活き活きしたループやアナログ・シンセの脈動を生命パワーと連想してみる。
 すると、比較的小型〜中型な野生動物の写真を使ったデザインと共通する何かを意識できた気がする。

<全曲紹介>

Disc-1
1.Exteriorization? No.1(16:50)

 表題は"外面化、具象化""露出"などを意味する。野生動物が苦しむさまを、あからさまにしたい、との思いをこめた作品だろうか。

 みりみりと軋む低音電子ノイズの後ろで、かすかにころころと。おもむろにフィルター・ノイズがつんざき、くっきりと音程を持って上下へゆっくり動いた。
 軋む音が定常で続き、表情はさほど変わらぬ形ながら、濃密に続く。

 首をもたげるように噴出す音が、数度。
 無造作な消え去りのあと、あらたな刺激的ハーシュがそそり立つ。場面ではすっきり音が整理された。後方でドローンのように滲む低音がうねり続ける。
 シンプルな構成ながら、奥行きある構造がメルツバウらしい。

 場面ごとにうっすらと音程を持ったノイズが表れては消える。表面、あるいは背後で。
 全体的におとなしめな印象有り。終盤でひときわ、アナログ的なノイズが蠢くけれども。
 最後はきらめく奔出で埋め尽くし、つっかえるさまを幾度かせわしなく。

2.Forest of Kelp (21:47)
 
 "Kelp"は辞書によると"昆布"。陸生野生動物の写真が並んだジャケットと、イメージはそぐわない。別の意味があるのかな。文字通りに解釈するなら、海中で棚引く昆布の群生だ。
 低い音、揺らめく影。じわじわと高音が忍び寄る。少なくとも冒頭の音像は、昆布の群生を連想しやすい。
 
 音圧へ軸足をおかず、涼しげな響きから幕を開ける。後方でめまぐるしく回転するシンセの響きでスピードを持たせて。
 数分立ったところで、風景がじわり変わる。アナログ的な電子声が甲高くうめき、再び冒頭の世界へ。しかし音数は増え、スペースは侵食されている。エコーをまとったシンセは、野太く存在を主張した。

 しかし次の場面でふたたび騒音による静寂へ変わる。かりかりと空気を刻み、足元は鈍く震える。電子の風が数パターン吹き続けた。それぞれの音は干渉しない。
 ただ静かに立ち尽くすのみ。全てがノイズでありながら、変化が少ないために静寂にも通じる響きとなる。

 唯一、動きを感じるのは左チャンネル側で表面を重たく輝かせ、じっくりと動くノイズ。激しさは無い。表面を響かせ、立ち位置を時間かけて確認するかのよう。
 ひとしきり鳴ったあと、姿を納めてしまう。
 変わりに表れたのが、もっとスペイシーな存在。しばしたって、軋むようなメロディをランダムに奏でた。
 
 最期は折り重なる電子音の雪崩を緩やかに表現した。海中でたなびき続ける昆布の群生を、改めてイメージしてみる。
 埋め尽くす細かな水流と、いきいきした電子音の脈動をまとっている姿を。

3.Seitaka (13:04)

 日本語、だろう。ぱっとイメージしたのはセイタカアワダチソウ。ただしwikiによると、実際は不動明王の制迦(せいたか)童子のことらしい。

 低音の脈動ループからハーシュが表れる、ラップトップ時代に馴染み深いアレンジで幕を開けた。奔出するノイズは混沌のまま激しく暴れる。一方で低音ループはまったく動じずに、刻み続けるのみ。
 ビート感を前面に出してはなさそう。一定のループはリズムとなるが、せわしない鼓動のみ。右チャンネルのきめ細かいノイズと混ざり合わない。

 コミカルな電子音が、右チャンネルのハーシュの中央で瞬きを続ける。ランダムに、かつ加速しつつ。
 パワフルなノイズ作品だが、左右でまったく音圧が違うミックスを施したことで、あえて冷静にノイズ構造を見据える効果を産んだ。
 
 途中でふっと、右チャンネルが止む。低音ループは止まらない。一瞬のブレイクでハーシュが舞い戻るまで、ビートが冷徹さをひときわ強調した。
 それがきっかけか、ハーシュは左チャンネルへも侵食を始める。
 いったん全てを拭い去り、低音ループのみを残して中央で豪快な金属の咀嚼が始まった。

 がらがらと金物が暴れ、ランダムに響く。複数のボウルを無造作にひっくり返してるかのよう。音のエッジは下降され、ざらつきを見せる。極初期のテープ作品へも通低するアプローチだ。
 明確な素材音は、抽象的なハーシュへ再び姿を変えた。思い切り途中っぽいところで、強引に作品はぶった切られる。

 録音時期は他の作品と同時期のはずだが、本曲はむしろ数年前の作品にも聴こえた。
 他曲との共通性はアナログ・シンセのポップさと、主で暴れるノイズの無秩序なアナログ性か。

Disc-2

1.Exteriorization? No.2 (17:51)

 冒頭からいきなりの炸裂。吹きすさぶ疾走と噴出がとめどなく空間を埋め尽くす。"No.1"とは逆のアプローチで表れた。透徹な様相を前面に出し、一定の音圧で目前に壁を構築。
 表面をざらつかせて噴きつけ、どこまでも高くそそり立つ。キラキラと細密に輝きながら。
 一本、また一本。新しく野太い音のロープがにじり寄っては上へ向かう。

 サイレンめいた高速アナログシンセの動きを伴って、いったんは整理された。ぬめぬめと表面をてからせ動く。上から下へ、また上へ。飽きずに無造作なのたくりを。
 加速めいた響きを帯びつつも、恐ろしくスピードは一定に保ち続ける。やがて新たな砕片が塗りつぶした。

 中盤でいったん音像がまとまったのみ。冒頭から一気に雪崩れ続ける。派手に変わらない。
 唸りを常に小脇に抱え、真っ直ぐ進み続けた。隙間を作らず、丹念に塗りつぶしつつ。
 軋みは連続の過程で流れとなり、わくわくと気持ちを沸き立たせる。
 光景は加速を続けながら速度を変えぬ。ノービートのテンポの中で、音程の高まりで緊張をあおった。
 後半残り5分くらいから、音の主体はアナログ的なシンセと、フィルターの切り替えとなり、疾走イメージに変わってゆくけれど。

 複数のノイズ要素をみっしり注ぎ込み、スリルの塊となった傑作。17分強とメルツバウにしてはさほど長くないが、テンションをきっちり保ち続けた。
 ループよりもアナログ的なシンセの悲鳴に心がときめく。

 最期は水流の表面を切り取ったかのような、細密な流れの上をシンセの塊が小刻みに流れてゆく。
 ごくシンプルに収斂して、幕。表層はみるみる黒く染まる。

2.Transition (16:44)

 表題は"推移"を意味する。
 サンプリングをぐしゃぐしゃにテープ・コラージュしたような細かい音片が飛び交い、超高速花火に変化した。
 小刻みに音の主役は変わる。無拍子で立て続けの飛び回りは、ビートを意識させぬアップ・テンポを提示した。
 うねりやグルーヴを感じ取ろうと耳を傾けても、ランダムな表示に跳ね返される。

 小鳥たちの膨大な囀りが大きな響きとなり空を舞う。足元へ砂塵がわずかちらばった。
 いつしか電気仕掛けにすりかわり、背後ではめまぐるしくコンピュータが計算する。"古めかしい未来"を表現したSF映画のように。なにやら対話が始まった。
 唸り音と集合体の囀りが行き交い、家禽も口を挟んできた。

 ホワイト・ノイズ。集合体の無言。
 一呼吸置いて、ハーシュがのっそりとわめいた。潜り、呼吸をする。周辺は見通し悪い砂塵の中。
 身体を揺すり、尖った背びれで空気を微塵に切り裂いた。
 幾羽かは、刃を逃れ飛んでゆく。

 変化の低い、折り重なりが羽音のごとく、しばし続く。
 いきなり一斉に飛び立った。地面の空虚さが対比的だ。
 空中ではスプレーのように電子の羽音が、密度を高めた。やがて幕を間に挟んだような加工へ変わったか。
 
 ときおり音がすっきりしても、勢いは切らさない。最期はくっきりした羽音・・・いや、咀嚼にも聴こえる。
 
 喰われたか。

3.Kongara (16:52)

 不動明王の矜羯羅(こんがら)童子からタイトルを取ったらしい。
 この曲も他の作品とは違い、Disc1-3と同様に明確なループを基礎に置く。
 タイトルと録音のどちらを秋田昌美が先に作ってるかは不明だが、本盤での"童子"曲は、共通性を持っているようだ。

 ハーシュなのたうちは、最初は遠慮深い。ざわざわしたループの足場を確かめるかのように、じっくり歩を進めて身を捩った。
 高度を一気に上げ、駆け抜ける。左右チャンネルをじわっと移動した。今まで左右のパンはあまり意識しなかっただけに、この効果が耳に残った。

 がらり風景が一気に変わり、ゴムの大きなモーションでの跳ね。
 柔軟な動きを背後からノイズの泥濘が、周囲を汚しながら覆いかぶさった。
 ループの脈動は音量バランスこそ下がったものの、跳ねは継続する。低音成分も巻き込んで、シンクロ・ジャンプを始めた。
 
 周囲の風景は次第に抽象化した。跳ねの継続が、ざらつくハーシュと交歓する。
 いっきに周辺を拭い去った。薄板の前でしばし跳ねる。

 ディレイの雪崩。数分前のパワーノイズから一転して、サイケ方面へ通じるエコーまみれのノイズへ。さりげなく挿入されたハーシュも、表面は磨かれている。
 金属のきらめきで工場っぽい冷静さを仄めかしながら、跳躍は飽きず続く。

 高いジャンプも交えた。わずかな揺らぎ。
 小さな球が煙突の中を駆け上がり、パチンコ球のごとくあたりを跳ね回った。
 初期テレビゲームの砲塔が連打する光景も連想する。

 また、加速。よろめきながら。脈動とハーシュは再び生存をアピールした。  (2009.3記)

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