Merzbow Works

Eucalypse (2008:Soleilmoon)

December 2006 - January 2007 at Bedroom, Tokyo
Masami Akita - EMS Synthi A, Roland Organ/Strings 09, handmade instruments, computer, effects

 シンセでの生々しいノイズにこだわった一枚。長尺一本鎗でなく、細かくトラックを切って組曲に仕立てたスリルと多様性が凄まじい。

 そもそもこの数年前から、メルツバウはドラムや手製ノイズマシンを導入して、繰り返しと波形変調を中心としたラップトップ・ノイズから移行を図っていた。しかし本盤ではひときわ、アナログ的なノイズが目立つ。

 それも本盤のコンセプトゆえ、だろう。木箱の手製特殊ジャケット、1000個限定で発売の本盤はずっしりと重い。
 学名をEucalyptus globulus。オーストラリアの東南部を原産とするユーカリの一種。これが19世紀にインドへ移植の際、ユーカリが持つ生命力の強さから現地の固有種を押しのける。このエコ問題にレーベル・オーナーが警鐘を鳴らした。
 IAにレーベル発売当時の宣伝文句を保存してるが、実にスペースの2/3はこの問題提起の説明に費やしているのが面白い。

 秋田昌美は動物愛護の観点からこの問題に共鳴して、本盤のリリースに至ったらしい。
 つまり在来種破壊のユーカリを主人公に、樹木や生物への共鳴をより明確に表現の手法として、シンセを極端に導入を試みたと想像する。

 ハーシュノイズの奔出は、いくぶん優しい。コラージュっぽい細やかなノイズの出し入れと、野太いアナログ・シンセの嵐は生々しい生命力を想起した。

 常に変わりゆく世界と、多様な音を混ぜ合わせるメルツバウ流ノイズ・オーケストラの色合いが、ひときわ強い盤だ。
 様々な妄想と風景が本盤を聴いてると、脳裏に浮かぶ。

 小気味よさと野太い迫力を備えた傑作。特殊パッケージの原盤はプレミアがついてしまってるが、音だけならMP3で容易に聴ける。


<全曲感想>

1 Part I. 11:42


 ざくざくと巻き込むノイズの掘削は繰り返す。シンセによるメロディはうっすらと哀愁を持って漂う。あたりは様々に沸き立つシンセの鋭い音で埋め尽くされ、さらに細かいノイズが綿密に空白を塗りつぶす。
 みっちりと詰まったノイズの中を、ひよひよとメロディが漂う格好。ビートは掘削的なコンピュータの繰り返し。メロディと言えど構築ではない。断片が緩やかに蠢き、ストーリーめいた旋律を作っている。

 中盤でうなる低音はホーメイを歌ってるかのよう。すっと中近東を連想する高音に切り替わる。幻想と想像を広げるノイズが沸き続けた。
 
 音は密集したまま捩り軋む。掘削はいつしか消え、シンセの充満に比重が移った。常に変わり続けるノイズ。
 終盤で低く唸るノイズはエレキギターのフィードバックに似て、素敵に迫力を楽曲へ付与した。

2 Part II. 16:02

 前曲から直接の連結性はない。いったん区切りをとって曲が始まる。炸裂する金属質なハーシュノイズの奔出を、荒々しいゴムめいた太いノイズがなぎ倒す。トラクターが乱立する細い幹の密集する森を突き進む様子を連想した。
 わずかな旋律の断片は、轟音の中で運転手が聴いてるラジオのノイズ。そんな幻想が浮かぶ。

 やはりビート性は希薄。幾本ものノイズが繰り返し、異なるタイミングで波打つ。それらのレイヤーが産むうっすらとしたビート性のみ。小節感はもちろん無い。

 完全なノイズだけでなく、高音のオルガン・クラスターめいた音程感あるノイズが加わるのも特徴だ。
 ハーシュの中にコラージュ風の音像がきらめく。サンプリングでなくランダムな発音として。多彩なオーケストレーション・ノイズが広がるが、空間はむやみに拡大しない。小宇宙の大きさはきっちりと制御され、軽く小さく浮かんだ。

 6分過ぎに破裂音の連打。そして野太いノイズとシンセのきらめき。このあたりから音圧がひときわ増した。ビート感の曖昧さは継続するが、うなりを上げる歪みが剛腕の進行性を付け加えた。
 エンジンの唸りを電子音で疑似構築。一定の安定した回転ではなく、わずかにブレて歪んでる。
 次第に回転が速まり、力強く周辺空間ごと巻き込み始めた。

3 Part III. 10:12

 今度はぐんっと立ち上りあたりを睥睨するシンセ。小鳥のようなシンセが瞬間的に飛び交い、すぐに太いノイズへ貫かれた。既存種を押しのけるユーカリを表現か。暗くシンプルな一本はみるみる枝を細かく広げ、空間を埋めていく。
 軋みは悲鳴に似て、揺らぎは切り裂きに近い。

 ヘリコプターのようなローター音がゆっくりと左右をパンする。視点が上がり、立体的に太いノイズを見下ろした。
 下ではどんどんと勢力を増して空間を咀嚼していく黒い音。シンセの細い響きが緩やかに黒さへ抱き着き、とどめようとするが叶わない。やがて視線はゆっくりと下がっていった。
 
 再び並行目線のノイズ。細密多様な風景から中央の黒い響きを伺った。様々な彩りを持った世界が広がるにも関わらず、黒いノイズはびくともせず存在を主張し続ける。
 ぎりぎりと軋み、炸裂するノイズの主導権はどちらか。細密な風景か、太く貫く新たな力か。すべてが混在し、溶けていく。

 シンセのメロディがヒヨヒヨと漂う。ノイズに埋もれ、ときおり顔をのぞかせて。切ない旋律はノイズの奔流で振り回されながら、しばらくのあいだは存在を主張し続けた。
 最後には、濁流にのまれてしまったが。

4 Part IV. 12:15

 いきなりズドンと貫く。細かい鳥の囀りが溢れた。太い音が地面と平行に疾走し、空間が勢いよくすっ飛んだ。
 やがてスピードを落とす。金属質な細い棒が幾本か現れた。囀りや空気の切り裂きが残響をまとって中心を睥睨。包み込み、呑み込もうと試みる。ノイズの太い咆哮が、きらめく細かな風景と対比した。主導権は細かい世界のほうが握っている。

 金属質なうねりと生々しい電子仕掛けの鳥たち。ときおりスッと空白や音数を減らしながら、互いに主張し合う。
 本盤でも屈指のスリル。
 世界ごとひとまとめに握り、ぎゅうっと絞っては振り回す瞬間がスリリングだ。音数の濃密さだけでなく、ミックスを極端にいじる大胆さもメルツバウは本曲で魅せる。

 やはりビート性は希薄だが、せめぎ合うノイズが折り重なり震えるところにグルーヴができた。深い奥行きと、細かな表現がときおり丸ごと変化するとこが迫力たっぷり。8分過ぎに、深い洞窟を除きこむような危うさも現れた。

5 Part V. 9:20

 これまでの世界を一気に凝縮した。太いノイズ、細かい鳴き声、野太い力と噴出するエネルギー。明確なビートは無いが、音数多い構成でうねるグルーヴが強烈な前進感を作った。
 音数が非常に多いにもかかわらず、埋もれたり溶けず、ある種明瞭なピントの合う風景を描いた。思い切り詰め込むことで音圧も作る。細部と全体像、双方が成立した。

 ひとしきり暴れたところで、シンセのうっすらしたメロディが漂う。軋み音や低音が鯨飲して再び混沌の広々した風景へ。まさに集大成。あらゆる要素が次々に現れる。
 とはいえこの説得力は、ここまでアルバムを聴き進めていたからこそ。エッセンスではなく回想のようだ。つまり要素を凝縮ではなく、世界をさらに俯瞰した。

 最後は奔流が平坦な世界を作り、新たにいくつかのシンセが立ち上っては消える。いったん亡くなった世界に、新たな希望を見出すかの如く。カットアウトでなく、フェイドアウトで幕。すべてが終わりはしない。過程だ。

 サウンドは一方向でなく、空間視点が緩やかに変わる。ノイズのミックス・バランスで立ち位置が変化した。この立体的な映像性がとても刺激的な盤だ。     
(2017/5:記)

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