Merzbow Works

Merzbow/Christoph Heemann
 "Sleeper awakes on the ege of the abyss"(Streamline:1993)

Raw sound material(1987)provided by Masami Akita
Processing,added sounds and mix by Christoph Heemann(1988-93)

 メルツバウは本作を「自作」と意識してないようだ。
 スタジオ・ヴォイス誌に掲載のディスコグラフィーで、本作の記載は見当たらない。
 作られたのは1987年というから、メルツバウがデビュー後5年ほど経過したころの話。
 素材をクリストフ・ヒーメンに送ったのがきっかけみたい。

 どういうきっかけでこのコラボが実現したか。
 秋田昌美は「メール・アート」を以前行ってたという。その縁での関係だろうか。
 
 クリストフ・ヒーメンはメルツバウからの素材を元に、5年の歳月をかけてダビング、ミックスを行った。
 いかなる素材を秋田昌美が送ったか、知るすべもない。
 クリストフは本盤でエレクトリック・アンビエントな世界を繰り広げる。
 ここで聴けるのはまぎれもなくクリストフの作品だろう。
 ノイズの文脈を使っても、目指す地平はメルツバウとまったく違う。
 クリストファーの音楽には、むしろ音で絵を描くような具体性がある。
 すくなくともクリストファーは自分の作りたい音へ、視点がくっきり定まっているようだ。

 だからこそメルツバウとコラボレーションした意義が感じられない。
 別のミュージシャンに素材をもらっても・・・いや、自然音を録音したり、シンセと格闘したって同じ世界を作れるはず。
 
 電子音楽の完成度で見たら、高水準だと思う。
 だけどメルツバウの視点で見たら、語る必然性を感じない。

 ちなみに本作はジャケットも凝っている。ヨーロッパの銅版画風の、恐ろしく細かい絵をPCで色加工したもの。
 イラストのクレジットはよると作者はジム・オルーク。あのミュージシャンのジムだろうか。
 もし同一人物なら、素晴らしいイラストの才能も彼にはある。

(各曲紹介)

1.Tunneling(18:21)

 大河のせせらぎ。鳥や獣の鳴き声が散発的に聴こえる。
 晴れた昼下がり。ゆったりとジャングルをボートで下る風情だ。
 かすかに聴こえる電子音。世界が作り物に変えた。

 水音だけ残し、風景が冷徹に光る。鳥の声はまだ聴こえる。
 が、人工物のそっけなさや壁の震えが伝わってきた。
 
 鳥の鳴き声がいくつも飛び交う。獣の呟き、身震い。
 しかし一度建造物を感じた耳には、全てが作り物にしか見えない。
 ハミングするかのごとく揺れる音。
 
 不穏に低音がきらめいた。
 じわり、右チャンネルから様子を伺う。
 鳥どもは何も気付かずさえずるのみ。
 
 気配は強くなり、叫び声が激しくなった。
 探検隊の囁き。足音高く踏み込む。慌てて飛び立つ鳥。
 じわり。じわり。不穏な香りが強まった。

 鋼鉄製の身体を軽く鳴らし、ゆっくり歩みを進める。
 カメラは彼の動きを捉えて離れない。
 
 つと風景が抽象的になった。シンセの音がきらめく。
 エコーがループのように響き、宗教施設へ迷い込んだかのよう。
 メロディがかすかに成立する。

 ピッチがズレてフェイドアウト。ほぼ無音に近い状況で「響き」だけが残る。
 寛ぎではなく、静寂へ軸足を置いたアンビエントな空間。

 映像的ではあるものの、動きは少ない。
 ぼくがこの文章で想像を膨らませたように、ふうわりと動くのみ。視点をたまにずらしつつ・・・。

2.Mandala(9:48)

 静かに電子音が揺れる。さらに静かに、高めの音程でメロディがかすかに、かすかに動く。
 不安定に音が揺らぎ、次第に膨らんだ。

 4分経過あたりで金物パーカッションがランダムにさざめく・・・。
 カエルのような声がひと鳴き。鳥も加わり風景は一気に屋外へ出た。

 だが世界は再びスペイシーに。
 タイトルは「曼陀羅」だろうか。あえて特定のイメージを避けたか。
 表情をころっと変える軽やかさが心地よい。

 ・・・そうか、この金物パーカッションはガムランあたりをイメージして、オリエンタルっぽさを出したのかも。
 エンディングは唐突に叩き切られた。

3.Eagle(4:45)

 ワシには似つかわしくない鳥の声。連想したのはカモメあたり。
 オーケストラっぽい音が、雄大に広がる。
 メロディじゃない。響き、だ。

 ティンパニの連打、シンセ製の女性コーラス、ストリングス、金管が大きく翼を広げた。
 速度はゆっくりと。風に乗って鳴き声が聴こえる。
 かまわず前へ、前へ。

 重厚なオーケストラの幻聴がした。広がる世界をシンセで作れるなんて。新鮮な響きの作品だ。
 ・・・しかしここに「メルツバウ」が関与する必然性はない。
 なぜクリストファーはメルツバウと組もうなんて考えたんだろう。

4.Sleeper(1:25)

 じわじわと足元を侵食する電子音。
 寸前まで近寄られ、ふっと身を翻した。
 盛り上がりといえるのはそのくらい。あっというまに終わってしまう、アイディア一発の小品。

5.Doorstep(6:56)

 抽象的な電子音が膨らみかけては消える。
 このアルバムでもっとも不安げな作品だろう。夜中に一人で聴いてるとなんだか背中がもぞもぞ。

 最後まで特に盛り上がりや構成はない。
 わずかに音の成分が多くなり、彩りが付くくらい。
 目がちかちかしてくる、奇妙なジャケットのBGMにぴったりな作品だろう。
 
 最後はフェイドアウトし、20秒近くの静寂が続く。
 チル・アウトには向かないな。かえって落ち込みそう。
 自分の中を見つめるような・・・考え事するのによさそうな音楽だ。

 それにしちゃちょっと時間短い。
 もっともこの地味な曲だけでアルバム一枚やられたら、あまりの退屈さに怒り出すか。

  (2003.12記)

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