Merzbow Works
Door
open at 8 pm (1999:Alien 8 Recordings)
Recorded and mixed
at Bedroom April-May 1998.
Mastered at Numerix Studio by Stefan Figiel
EMS, Moog, noise electronics:秋田昌美
ノイズDJの先駆にあたる盤。まさに素材をぐしゃっと汚してノイジーに仕立てた。
"Aqua
Necromancer"(1998)と対を成す音盤で、サンプリングを取り入れたセッションの初期にあたる音源。ここからデジタルへメルツバウは歩を進める。"Aqua
Necromancer"がプログレならば、こちらはジャズから素材を抜いた。コルトレーンやライフタイムから。
スピリチュアルでストイック、真摯で生々しいジャズをメルツバウはダンサブルなエレクトロ・ノイズに仕立てた。そう、のちのリズミックな素地と少し違うが、ノービートなノイズへ執着しない懐深さもあり。
なお"Aqua Necromancer"ではホーム・スタジオがZSF
Produkt名義。だが本盤では全く同じ98年4〜5月録音にもかかわらず"Bedroom"スタジオに変わっているのが面白い。実際は特に機材が変わってないと感じるが。
<全曲感想>
1 Intro 1:30
まずはあいさつ代わり。野太いつんざきが賑やかに暴れた。粘っこくべたつくノイズが逞しく震える。終盤で景気づけのように数発、低音が炸裂した。
2
Tony Williams Deathspace 2:18
トニー・ウィリアムズのドラムをサンプリングして劣化フィルター加工。短くループさせ、その上にざらつくハーシュをちりばめた一品。要はこの辺って後の対策につながる試行錯誤、スケッチみたいなものかもしれない。素描をも作品に仕立てたかのよう。
途中でグッとボリュームを下げ、サイレンめいたノイズから再びループの復活。あれこれと素材を出し入れしながら、力強くかっこいい方向性を模索した。
終盤で唐突にエレキギターのかき鳴らしみたいな音源が、挿入された。このスカムまたはざっくり感もノイズだ。
のちの作品を聴いた今だから、このあたりの試し切りみたいな荒々しさに勢い良い素朴さも感じる。
3 Jimmy Elvins In Traffic
9:49
Jimmy
Elvinsとは何ぞや。コルトレーンのジミー・ギャリソンとエルヴィン・ジョーンズのキメラか。漆黒の揺らめきは周期が穏やかで重たい。噴出するハーシュはすっきり整理され、唐突に場面転換する。この辺がデジタルの特徴か。
低音のベース・ラインがサンプリングされ、くっきりと表れた。しばし繰り返してじっくり観察させた後、列車が通り過ぎて風景は次に移る。
ドラムはフィルターで高音の断片のみ。ベースは鈍く太いが、どこか軽い。
ひとしきりノイズの海でたゆたう。
やがてドラムがサンプリングされた。左右のチャンネルをせわしなく動く。みるみる体がそがれ、フィルター処理で骸骨めいた輪郭へ。隙間と間を埋めるのはハーシュ・ノイズ。
だがドラムをの音色をスッと元に戻したり、出し入れしたり。秋田はDJのように素材を操りながら、ハーシュを混ぜていく。すべてリアルタイムでなく、ミックス処理でこうしたのかな。
4 Lyons Wake 10:45
世界は思い切りジャジーな空間に変わる。4ビートのシンセ・ベースにドラムのサンプリング。ざらついたハーシュが空気を切り裂き混ぜるけれど、グルーヴィな世界は強固だ。
メルツバウがハーシュに拘らず、多様なノイズ世界を追求してた証拠の瞬間である。
音色や手法を面白がり、片端からアイディアを試してテープに封じ込めた、とも言う。
アナログ・シンセの瞬きが加わった。しゅわっと鋭い炸裂、明るいサイレンめいたシンセ、唸るエレクトロ・ベースのループ、サンプリングされ音色が崩され倒したドラムの音色。
さまざまな要素がサイケなノイズとなり漂う。どこか薄っぺらい空間。レコードの回転数が変わるように、いったん下がって再び超高速で振られた。
ドラムのサンプリングがフィルター処理で極端に音色が変わり、シンセと絡む夢幻のスペイシーさが不思議な心地よさを持つ。猛烈なドラムは00年代後半の、秋田自身によるドラムのパターンと似てるな。
ちなみにタイトルはJimmy Lyonsのこと?サックスではなくドラムがサンプリングの中心だが。
5 Door Open At 8 Am
3:17
アルバムのタイトル・トラック。きゅるきゅると軋む電子音はシンセの瞬きか。鈍いノイズが断ち切られ、再び跳ねる。エコーをたっぷり含み、爆ぜた。
これはシンセを中心の作品で、本盤の他の曲とはアプローチが全く違う。
いや、沸き立つドラムみたいな残響はサンプリングの加工かな?野太いシンセの暴れっぷりを録り、後からテープ編集で急速な場面転換を施したように聴こえる。
6 The Africa Brass Session Vol.2 19:51
ハイハットの4ビート・サンプルと不穏な電子音のミックスで幕開け。これはコルトレーンの同名アルバムからサンプリング、と明確にタイトルで宣言あり。Vol.2ってことは、さらにVol.1のテイクもあり?今のところ、2016年現在でそのVol.1音源はリリースされていない。
ドラムよりもシンセのほうが冒頭は存在感が強い。ハーシュのつんざきと、ピッチを揺らしながら漂う電子音の対比、そしてドラムの冷静なサンプリングにベースの密やかなかな低音。それらが、激しくしかし穏やかに音の主導権を交代しあった。
いずれにせよサンプルは素材であり、コルトレーンである必然性は薄い・・・はず。このストイックで凛々しいノイズ空間の象徴として、コルトレーンを選んだのかも。
中盤で炸裂する電子音のきらめきは、激しくざらつくけれどきれいだ。超高音が軋みながら飽和し、伸び伸びと広がる。アナログなハーシュの炸裂もくっきり。音を混ぜたり滲ませず、オーケストレーションのように個々の素材を配置した。
しかもすべてを常にフルテンにせず、メリハリを付け続ける。このへんの丁寧で繊細さが、メルツバウらしい。
タイム感もまちまち。ポリリズミックさは希薄だが、それぞれのノイズがパターンの頭をずらして混沌を表現した。
底の見通せない濁った沼を、大きな魚が浮かんでは沈み、力強く進んでいくかのよう。
この曲では一つのアイディアを膨らまし続けず、あんがいあちこちに世界は飛ぶ。ハイハットの4ビート・ノイズを軸に風景は霧の中へ向かった。水中から陸上へ。風吹く中を漂い、震えて浮かぶでこぼこした丸いノイズ。
スッと音を消して4ビート・ノイズと透き通ったハーシュの対話へ。落ち着きなく、どこか探っている。唐突に曲は終了。
7 Metro And Bus
7:50
ファンキーなドラムとベースのサンプリング。初手からがすがすにフィルター処理され、低音と高音の要素しか残っていない。しかも曲中にボロボロ崩れていった。
新たなドラムの連打とハーシュの奔流。地下鉄の疾走を表現か。猛烈なスピード感で音は加工され、突き進む。
その一方で断続的にドラムとベースが現れるのは、駅か停留所のメタファーかもしれぬ。次なる世界はバス。雑踏の賑やかさがベースのループを騒々しく彩った。シンセも混ぜて音構造は多様だ。
この曲は本盤の集大成にも聴こえる。手の速いドラム、きらめくシンセ、唐突な場面転換とスタート&ストップ。それぞれの曲で聴かれた手法だ。なおエレキギターのかき鳴らしも登場、すぐさまハーシュで塗りつぶされる。
色々な要素が混ぜられ、威勢のいい躍動感ある本曲に収斂した。
しかしこの曲も一つのアイディアで通さない。テープ編集みたいな跳躍もあり。さくさくと変化するのも魅力だが、思い切り長尺でじっくり聴きたかった。 (2016/12:記)