Merzbow Works

Coma Berenices(Vivo Records:2007)

Psychedelic-noise by Masami Akita
Recorded and mixed at Bedroom in Tokyo, January 2007

 黒字に飾りアルファベットのみ。シンプルなデザイン。曲タイトルも含め、デスメタルに通じるセンスを何となく感じた。ジャケットを開くと、廃屋前に立つ秋田昌美の顔が見える。ごくわずか笑みを浮かべるかのように。静かに彼は、立つ。
 
 一曲はそれほど長尺ではない。濃密にサイケな世界感を、どっぷりと提示した。ロックへの親しみを素直に表した盤かもしれない。
 ポップさとは無縁だし、ビートの強調も無い。しかし親しみを感じる。ロックが、特にエレキギターが持つ、歪んだ音色一発で表現できる痛快さと不穏さ。それをハーシュ・ノイズの方法論で、じっくり表現した。

 ループを多用だが、生々しいアナログや肉体性への志向は強まっている。
 リフをループさせ、秋田昌美が高らかにソロを取っているかのようだ。

<全曲紹介>
1. EARTH WORMS
(11:32)

 薄錆色できらめく表面。ざらついた金属質は指で撫ぜると、たちまち血がにじみそう。
 きりきりと高音を強調し、一方で低音も音の隙間から顔を除かせる。複合かつ複雑にそびえたテーマが、ゆっくりとループされた。
 不穏に動くノイズはある。でも明らかな主役を主張はしない。背後の音と混ざり合って、奥行き深い響きを出した。

 残響が反響し共鳴して明滅する。
 符割の縦線が曖昧に鳴る一方で、確かにかすかな小節感覚が残った。
 強引に意味を見つけ解釈が許されるならば。まるで壮大なイントロ。これから始まる音絵巻の片鱗をにおわせつつ、雄大な視線を存分に披露した。

 ざくざくと鋭いハーシュが飛び立ち、舞う。表面を静かに毛羽だたせながら。

2. DARK STARS (8:06)

 一転してビート感を明確に。せわしい脈動を素地に低音がミリミリと広がる。
 噴出すフィルター・ノイズが本曲の軸線か。飾りで右チャンネルから賑やかに、歯ごたえあるシンセの音が浸食してきた。
 曲タイトルとは裏腹に、音像の重心は軽い。

 やがてビート感は薄れて、複数のノイズが並列でソロを取り始めた。複層性を多用するメルツバウらしい展開だ。こんなときでもさりげなく、小さなノイズを隅に配置し、幅を持たせるミックスがいい。

 コード進行めいた展開は無い。一直線の平均台でさまざまな飾りを振り回すかのよう。
 5分台後半でいったん静かになりかけるが、再び盛り返す。この構成も含め、一発録りか否か。ふと、疑問が再び浮かぶ。

3. ALISHAN (11:05)

 ALISHANとは。試みに検索をかけると、無精白な全粒強力粉の商品名がヒットした。実際にこれがテーマかは不明だが、ヴィーガンなメルツバウだからなんらか関係あるのかも。
 4つの音を使って、明確なリフがリピートされる。ぐっと低音。テンポは緩やかに。
 そこへさらなる低音の唸り、表面を覆う尖ったノイズが複数本、混ざり合う。
 
 ループに耳の焦点をあてるならば、ダークなミニマル。しかしあえてループをリフと解釈し、フロントで勇ましく細く暴れるノイズをアドリブ・ソロと聴きたい。
 メロディを取るのは難しいが、小刻みに変化し続ける符割の展開はとてもスリリング。
 リフは聴き取りづらいほど後ろへ下がる場合もあるけれど、常に存在は意識できる。
 主役であるノイズたちは落ち着きを見せない。パターンや安定を回避し、ランダムに動く。右側でワウのように響くノイズがかっこいいな。
 ハードロックでいうギター・ソロの骨組みをノイズ色に染め上げたかのよう。

4. SILKY FEATHER (12:27)

 高速パルスを吹き込むノイズで表現。メタリックなパーカッションがランダムに鳴る。前曲と若干似た低いリフも現れた。今度は三音で表現。
 ぱっと浮かんだのが、まさにデスメタル。すなわち高速ブラスト・ビート。いったんは重たいリフに土台役を取られてしまうが。

 パルスは高音に変わり、右チャンネルではまさにギター・ソロめいた電子音が蠢く。左では高音がフィードバックのように伸びた。
 執拗に続くリフがどんよりと空気を漂わすが、メタル的なカタルシスをノイズ文法で見事に描いた。
 
 シンセを彩りに12分の音世界をドラマティックに持ち上げる。まるでツイン・ギターのソロ饗宴みたい。
 剣が勢いよく光るような瞬きも、音で表現した。

5. REVENGE ON HUMANITY (10:46)

 軽やな音程でシンセの4つ打ち。細かく複数のノイズで塗りつぶされた表面を、ひょいひょいっと足跡を残してゆく。
 ロングトーンのフィルター・ノイズがじわじわと左右のチャンネルをうろつく。小刻みに押し寄せる別のノイズ。隙間を埋め尽くした。
 そして、おもむろに低音の4つ打ち。この曲のみ、テクノに通じる展開だ。

 ダンサブルな骨格を持ちながら停滞感を漂わすのはなぜだろう。メロディが無いだけ、なのに。超高音波まで使い、精密な構造は耳を澄ますほど興味深い。
 
 いったんリズムを解体、すぐさま改めてビートを持ってくる。
 シンセは全面で別の符割で動き、絡み合う。6分55秒あたりで相互が融合し、一気に突き進むのがクライマックス。

 音像はじわじわとスピードを緩め、破裂しそうなパワーを提示した。
 賑やかに軋むシンセの音が、パルスの脈動と絡む。じっくり時間をかけて、エンディングへ。シンセの音を残して、フェイドアウト。                                                                                                                    (2009.05記)

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