Merzbow Works

Bloody Sea (Vivo Records, 2006)

All Music by Masami Akita
MA-prepared acoustic guitar,handmade instruments,EMS synthi`A`,computer & various effecs.
Recorded and Mixed at Bedroom,Tokyo,April,2006

 あまりにストレートな反捕鯨メッセージの入ったCD。音との関連をどこまで具象的に表現してるかは、受け取り手しだい。

 裏ジャケには日本語でわざわざ3行も書かれている。曰く「鯨料理はいらない」「日本政府は鯨の虐殺をやめよ!」「捕鯨反対」と。
 英語では一行、"Stop whaling"のみ。ポーランドから発売された盤なのに、言語的かたよりあり。日本語をキッチュと捕らえたか、メルツバウ自身が日本へメッセージを発信したかったか。それとも・・・。
 
 表ジャケには『06年に日本の捕鯨は南極の氷海へ向かう。標的は50頭のザトウクジラ、50頭のナガスクジラ、約1000頭のミンククジラ』の記載も。
 そして写真は背面飛びする鯨の姿。ライナーがスー・アーノルドによるコメント。斜め読みだが、反捕鯨宣言だろうか。日本語なぶんなおさらプロパガンダ臭を強く感じる。
 
 内容は3曲入り。演奏面ではアコースティック・ギターと明確に記載が特異点か。あからさまにアコギを感じさせる場面は無いけれど。
 矢継ぎ早で濃密に埋め尽くさず、ハーシュの文脈をふまえつつ、滑らかな流れを感じた。
 全体にスケールが大きい。弦楽アンサンブルのような音のやり取りが心地よく響く。
 主義主張を横へ置いて聴けるならば、優しさがにじみ出たノイズ。

<各曲紹介>

1.Anti-Whale Song Part.1 (28:47)

 鈍い低音がテンポよく4つ打ちで左チャンネルから。あえぐようにしゃくるハーシュが、中央と右のチャンネルをふらふらと動く。ゴムのように弾力を持って。ひらべったく膨らみ、パワフルに力を溜める。
 鋭い響きも一気に貫かず、クラゲのように漂う。厳かな序章を持って、一気に突入した。細部が煌めく。密度濃くはじけた。

 いったん空白に。4つ打ちは残っている。パーカッションっぽい鈍い響きが、ランダムに動いた。
 パルスは4つ打ちとリンクして右チャンネルで光る。わずか加速しかけて、元のビートへ。がしゃがしゃと賑やかに交じり合うときも、細部の輪郭を判別できる。
 金属質な響きのどこかでアコースティック・ギターを使っているのか。よくわからない。明確にのどかな響きを打ち出したりは、もちろんしない。

 ノイズは一気呵成に突き進まず、それぞれ固有の動きを保ち、てんでに存在。一瞬、クリップ・ノイズや継ぎ目を感じた。とはいえ音の流れに区切りは無い。
 深海へ潜る。体のまわりにプランクトンや波濤の欠片をまとって。力強く動く脈動。
 ハーシュはコンピュータ・ループかもしれないが、生々しくアナログ的に響いた。

 左チャンネルのテンポは明らかにあがる。中央で噴出するノイズ。同じパターンは続かず、すぐさま次へ。メタモルフォーゼを続けた。
 きりきりと右チャンネルから左へ畳み掛ける。
 テンションは高いが、どこか余裕ある佇まい。

 複数のノイズが絡み、トゥッティで身を翻してバラけてゆく。
 リズムが消え、音が絡み合うメルツバウの真骨頂が10分を過ぎたあたりで始まった。
 ぶくぶくと泡が膨れ、覆いかぶさる。呑み込んでさらに奥へ。周辺描写から胃の中へ向かい、全てを溶かし始めた。
 じりじりと響き続ける左チャンネル。フレーズに転換し、再びユニゾンの符割を。メタル・パーカッション的な鳴りと混ざる。低音がすっと消え、ウワモノだけの賑やかな風景に。細密なうねりがグルーヴを作った。

 尖った細い音が、幾発も立ち上った。
 4種類、いや、5種類か。それぞれがメロディ的な符割を作り、重なるノイズ・アンサンブルが心地よい。
 ついに揃って雪崩れた。表面の細かな部分がちぎれて弾ける。
 ひとつ抜き出した音が軋みながら高音のフレーズを奏で、低音の素早い連なりと対比する。上の部分は弦楽器のように高らかに吼えた。

 もっともひとつところに立ち止まる部分は皆無。常に動き、変化する。この動性に野生動物のイメージを重ねたのか。そんな考えが、ふっと頭に浮かんだ。
 軽やかな囀り。低音の地平を広々と使って。電気世界の動向は常に賑やかだ。幾頭もの咆哮が会話し合い、次の瞬間に身を翻す。

 最期は音の重心が下から上へじわじわと動く。ハーシュが次第に力を弱め整理され、短いソロ回しのごとく入れ替わった。連続音と切れ目無い動きの対比を踏まえつつ。
 なだらかな海面の上で、ゆっくり身体を伸ばした。
 最後の最後まで、変化は続く。ロングトーンで終わりかけても、まだ新たな表現が。
 いっきに音量が静まり、呟きのエンディングへ。2本のノイズが左右で小さくはじけた。同期性しながら。

2.Anti-Whale Song Part.2 (8:16)

 8音のループが滑らかに繰り返された。中央でがしゃがしゃと鈍く唸る金属質の音が、アコギの加工音だろうか。音色はひしゃげ、歪んでいる。かき鳴らしはコードでなく、弦の表面を硬いピックでこすりあげてるかのよう。しかもスピーディ。ランダムさを維持しつつ、ときおりざっくり切り落としも。

 ディストーションにどっぷり身を浸し、ループを足元へ追いやって中央の暗闇で激しく奔出する。
 ざらりとした耳ざわり。深く吹き出すハーシュのぬめり。ループを基調に複数の場面がするすると移り変わった。
 かき鳴らしみたいな音が、アコギだろうか。クリップかなにかを弦に挟み、倍音を響かせた。実際に聞こえるのは、高音のざらついた部分のみを抽出。
 
 ループは依然として続く。明確にビートを意識できるぶん、ポップに聴くことも可能。
 あくまで聴こえるのはハーシュ・ノイズだが、エフェクターをかましまくったギター・ソロと根本的な違いは感じない。ロックの快感原則を素直に表現した。

 7分20秒くらいで、いったん次のステージへ。ループが消えて、ウワモノのうねりが前面に出た。シンセはのびあがっては再び伏せる。素早く。
 一気に幕切れ。
 
 パート・2とあるが、音の共通性はなんだろう。確かに金属質な音色の幾つかは、他の曲でも使われてはいるが・・・。

3.Anti-Whale Song Part.3 (13:22)

 パート・3はループのパターンを7拍子と8拍子を混ぜてるようだ。うねりが続いて、小刻みに連打する。
 中央のハーシュはギター・ソロのごとく存分に音を震わせた。ときおりパーカッシブにのめってゆく。
 この曲でもそれぞれの音は役割分担を持ち、固有に動く。全て即興的に作曲かもしれないが、おそろしく構築性が高い。アンサンブルの妙味が素敵だ。

 すっと身を引いた。基本ループのパターンは維持したまま。一呼吸置いて、また深く潜ってゆく。表面でぱちぱちと弾け続けて。躍動感をアピール。
 ノイズがきれいに花開く。一瞬だけアナログのゴム音色が顔を出すが、すぐに消えた。 ざっくりと表面を削り、砕片を撒き散らす。基本ループは残っても、その他は自由に符割を跨いで鳴った。

 ループをかき消し、シンセの電子音が細切れに響く。広がって埋め尽くした。羽音か波濤か。音の展開は大きく変化せずとも、ループがなくなっただけで、とたんに自由度が増した。
 常に流れ、グルーヴが維持される。

 音のポイントがセンターへ集中した。主観度が増し、深海へ一直線に進む。
 どこか重苦しさは、水圧の表現か。押し進み、切り開く。
 きりきりと捩りながら、中央へのベクトルはズレない。
 ハーシュへアナログの音が重なるアンサンブルは、パーカッシブな響きと混ざりつつ、フェイドアウト。

(2009/6:記)

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