Merzbow Works

Merzbeat(Important Records:2002)

All music by Masami Akita
Recorded and Mixed by bedroom,Takinogawa 2001-2002
Remixed on April 2004

 テーマはアザラシ。イギリスのレーベルから4枚組でリリースされたボックス、"24 Hours - A Day Of Seals"と対を成す盤になる。
 本作はミナミゾウアザラシの美男象くんに捧げられた。
 ジャケットのコミカルなデザインも、メルツバウの手によるものだ。

 美男象くんとは神奈川県の江ノ島水族館で飼育されているオスのアザラシのこと。
 1995年に南米ウルグアイから輸入。現在は同種がワシントン条約で保護され、日本で飼育されてるのは美男象くんほか3頭らしい。

 このころからメルツバウは動物愛護に強い興味を示し、動物をテーマにした作品をいくつも世に出した。本作もその一枚。
 収益の一部はボストンの"New England Aquarium"に寄付された。

 音楽面の特徴は、あからさまにビートを強調したノイズなところ。
 元々この時期のメルツバウはループを多用した作品を多く発表した。

 だがあくまでそれは方法論であり、主眼はノイズだった。
 しかし本作ではよりビートに重心を置き、明確なドラムビートが聞ける曲も多い。

 もともとレーベル側のオファーで、未発表のリズミックな作品を集めたという(録音は01~02年)。
 ダンサブルさをどこまで意識したかはわからない。
 けれど本作をフロアへ持ちこんだ、たぶんハードコア・テクノと違和感なく馴染む。

 ある意味で非常にわかりやすく、親しみやすいサウンド。
 メルツバウの作品に初めて触れるには、ぴったりな作品かもしれない。
 が、これをきっかけに他の盤へ遡ったら、間違いなくとまどうだろう。

 ちなみにこのCD、トラックが66個も切ってある。
 実際には6~65までは数秒毎の空白トラック。
 最後に隠しトラックとして"Amlux"のリミックスを収録してる。リミキサーはジャック・デンジャーズ。ミート・ビート・マニフェストのリーダーだ。

 メルツバウの異色作であり、この時期のサウンドを象徴する重要作でもある。

<全曲紹介>

1.Promotion Man(8:58)


 クレジットに"Originally Performed by Highway Robbery"とある。映画からのサンプルってことかな。
 よくわかりません。ご存知の方、ご教示いただけると幸いです。

 初っ端から軽快なビートが刻み、ギターがはいった。一瞬、ふつうのテクノ・ロックかと勘違い。

 ときおりギターが唸っても、ビートの着実さは崩せない。
 むしろ調子っぱずれに鳴りそうなハーシュを、がっちりリズムが支えて突っ走る。
 
 マラソンのペースメーカーがふっと頭に浮かんだ。ある意味で健康的な作品といえる。

 5分をすぎたところでいったんブレイクあり。
 ビートは挫けず、ぴったり続く。
 ラスト間際で逆回転のサンプルを織り込み、ちょっとひねって見せた。

 ハーシュがさりげなく蠢いても、基調はあくまでダンスビート。
 ここまであっけらかんとビートを前面に出した曲も作ってたんだ。

 ノイジシャンとはいえ、常にノイズにまみれる必要はない。
 が、こういうポップなサウンドも作れるなら、ほかにもまだ秋田の自宅には、こういうテープが埋まってるんじゃないか。
 アイディアの宝庫であるメルツバウが作った、ポップなビートの作品。
 もし存在するなら、いったいどんな音楽だろう。そんな妄想が浮かぶ。

2.Forgotten Land(13:20)

 ストーンズっぽいギターリフをサンプルし、どたすか鳴るビートをかぶせた。
 ラフなイメージの音像は、ロックバンドのリハーサル風景を隠し録りしたブートみたい。
 基本はループだが、所々で微妙に変化して飽きない。

 しだいにテクノっぽく音像が変化する。
 メロディは特に無いが、上物の音が電子音ぽい。

 3分半をまわったところで、いったん音量がオフ気味に。
 違うビートをいくつか重ねて、とっちらかす。若干コミカルだ。

 前半のパワフルな構造から、次第にけだるげなループへ変化する。
 ラストは二つのパルスを同時進行。
 バックのループが、最後の最後で象徴的に登場する。

3.Shadow Barbarian (Long Mix)(11:49)


 明確なビートはあっても、フロアをまったく想定できない。
 沈鬱に刻むリズムが、次第に積み重なった。
 いつのまにかキーボードの短いフレーズが登場した。しかし展開することも無く消えてゆく。

 ポップス業界で80年代初期に流行った12インチ・シングル盤。
 その中によく「extended mix」ってバージョンが収められていた。
 メルツバウのこの曲を聴いてたら、ふと「extended mix」って名称を思い出した。

 ビートの重なりのみに視点を当て、黙々と対峙する。
 拍子ではなく、単に連続した打音と捉えるようだ。

 ラストに向けてぐぐっと盛り上がるものの、あまりにクールでストイック。
 そっけない音にもかかわらず面白い。好きな曲。

4.Tadpole(5:51)

 きらびやかなシンセがイントロ。ほんのりこもった録音なのがミソ。ダビングを繰り返した音みたい。
 ぐっとオンで録音したら、がぜんポップだろうに。

 いくつかのノイズがまとわりつく。
 わずかに汚れが増すさまを楽しむ曲か。

 イントロのシンセ・ループは最後まで同じように続き、周辺のみがさまざまに変化する。

5.Looping Jane (Beat Mix)(8:26)
 
 明確なビートを基本に、ハムノイズっぽい音が揺れた。
 聴きようによっては、ノイズ界のギターソロ。
 ベーストラックだけだとダンサブル。しかしこれで踊れるんだろか。

 リズムパターン最後の拍へ、裏でぺたりと吸い付くハイハット風の音。タイミングがかっこいいな。
 
 ときおりカットアップを乗り越え、音像が変化した。
 どんどん歪み、ローファイに傾く。しかし安っぽくないのは、ここまで強烈なビートとノイズに慣らされたせいか。

 頭に浮かぶ言葉は「退廃」。
 音像は丁寧にミックスされ、ビートの奥で幾種類ものノイズが揺れた。
 
 みりみり端から崩れ、キンキンと超高音部分のみ残った。
 空気が張り詰める。

 ラストに一打ち。
 余韻ではなく、ぽろりと破片が零れるごとく。

66. Merzbow's Amlux (Jack Dangers Remix)(8:17)

 1トラック3秒。空白がひたすら続く。
 3分強の静寂に、CDが動いてると忘れかけた頃。
 アナログに針を落としたときのようなノイズが、何度か提示された。

 この針音は拡大し侵蝕する。
 すぱっとハーシュな音像へ切り替わった。

 イメージはかなりアンビエント。
 激しいノイズを使ってるとはいえ、ダイナミクスが希薄だ。ボリューム下げると静かな印象が勝る。
 
 秋田昌美がこの曲を収録したのは、曲が持つかすかなビート感がコンセプトに似合うと考えたゆえでは。

 フロアを意識するほど明確なビートがあるわけじゃない。
 メルツバウ特有の揺らぎを、このリミックスはうまく強調した。

  (2003.8記)

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