Merzbow Works
Bariken (Blossoming Noise:2004)
All music by Masami Akita
Recorded &
Mixed at Bedroom,Tokyo,2003〜2004
この頃のメルツバウはHPでもアニマル・ライツを明確に提示した。
とはいえ声高に主義を啓蒙/主張するわけじゃない。ただ、ぽんとコンセプトを提示するのみ。押し付けがましさはなかった。本作もその一環。
バリケンとはアメリカに分布するノバリケンを家禽化したもの。食用に飼育され、逃げ出したものが各地で観察されるそう。
ジャケットに使われたバリケンの写真は、メルツバウもずいぶん気に入ったようだ。その後もオフィシャルHPでアクセントとして、ずっと使われた。
発売は2005年の1月1日。1000枚限定版らしい。
冷徹なノイズはストイックさを増す。淡々とアイディアを追求し、無造作に提示した一枚。暴力性を押さえたため、むしろ取っ掛かりづらいかも。
しかし確固たるイデアを元に構築された本作は、がっちりと存在を主張する。スケールの大きさを狙ったわけでもなさそうだが、広がりを感じる一作。強烈なハーシュ・ノイズの怒涛を味わえる。
<全曲紹介>
1.Minka part 1(8:58)
タイトルは日本語の「民家」かな。
低音域を切り取り、中音域だけが不気味に瞬く。すぐに登場する、紙を引き裂くハーシュ・ノイズ。各種グラインダーが肉を切り裂き、みるみるそぎ落とす。
そっと高音が、低音が、両方から寄り添って響きを複雑に変えた。
とたん、スピードがわずか落ちる。グラインダーの暴力性が強調された。左チャンネルで茫洋と響くクラシカルなエレキ・ギターらしきサウンドは、切り裂かれる肉体へのレクイエムか。
高速回転する音がメロディを微かに紡ぐ。低音も高音も成分は少ない。だからまっすぐにノイズが走る。
唐突にフェイドアウト。すぐさま右チャンネルを中心に、表面をざらつかせた、やや太いノイズが極低音を引きつれ擦り上がった。
ときおり瞬く。だが、ストレートに背を伸ばす。
左からはわななく音がやや遠慮がちに姿を見せた。
中央へ一気に集まり、より青白さを増す。ループで繰り返される音は、ハモンド・オルガンの残骸みたいな唸りをまとって、存在を主張した。
全ての肉を削ぎとられ、ぬめった骨のみな姿へのオマージュと読むのはやりすぎだろうか。
2.Bariken(11:26)
きっちり空白の時間を確保して、次の曲へ繋がった。
ばりばり噛み砕く音か、それともへし折られる骨か。しだいに暴力性を増す。平面の上で転げ、呻き、破砕してゆく。
どこかコミカルさを残す響き。たぶんこれも、高音や低音のノイズ成分が少なめなためだろう。
ループ使用かもしれないが、あまり繰り返しを意識しない。あくまでパーカッションがリズムを刻むごとく、打ち鳴らしとミンチへの過程を意識するのみ。
数分で音は豊潤に膨れる。さまざまな音がみるみる巻きつき、野太く中央で回転した。
バリケンをテーマに置いた以上、メルツバウは本作をシリアスな気持ちで作ったと推測する。いや、ほとんどの作品が、メルツバウにとって厳粛な気持ちで創作かもしれない。
しかしこのような生々しいノイズを聞いてると、強烈に生への躍動と憧憬のイメージが浮かぶ。
余分なものをかまわず巻き込み、咀嚼するようなバイタリティを。
この曲でも終盤で一度、前曲同様にぐっとボリュームが下げられた。珍しいアレンジを多用するな。
いちおう4拍子をキーにざぐざぐと泥濘を踏み進む。
エンディング間際は、しばし同じパターンが続く。
むわっとハーシュの濃密な霧が、すべてを覆うまで。
そして主導権争いで、猛烈な行き来が始まった。
3.Minka part 2 (12:46)
みっちりと鈍いノイズが周辺を覆う。低音がけだるげに2つの音を交互に出した。
奥行き広く感じる世界。あたりは暗く、まっすぐ前へ進む。
変化はごくわずか。展開する電子ノイズが幕を広げては、次のノイズへ場面を譲る。
4分経過時点で、吹き出すハーシュがやや刺激を増した。
最後で温室をわずか変えて、ぐっとひしゃげた感触に。
細かな音のスリルよりも、じわり漂うノイズの音圧を楽しむ曲か。
4.Minka part 3(8:59)
こしょこしょと幾つかのノイズが絡まった。井戸端会議の表現・・・とも違うか。
アフリカっぽいランダムなビートがバックに雪崩れる。コラージュが遠慮がちに加わり、その躊躇いにビートが同期する。
いつのまにかコラージュは喋りっぽくなり、バックもろとも蠢いた。シンプルな構成で、かりかりと空気を削る。
メルツバウのノイズはほとんどが即興なのかもしれないが、本作はひときわ即興要素が強い。
一息ついてまろびでるハーシュ。水道がジャージャー噴出す。逆流するように水道管を手繰り、奥へ奥へ。
あたりは静かになり、ただ流れに逆らって遡る自らの動きだけとなる。
パイプは太くなり、粒立つ音も次第に大きくなった。
最後の最後で激しげな世界へも目配りするが、音は遠い。分厚い幕越しに触れてるかのよう。
くるくると身をひねって、終わりとなる。
5.Bariken(reprise)〜Mother of mirrors (30:13)
(2)のエンディングで使われた地響きがリプライズとしてイントロに登場した。最終曲のおまけっぽい曲が、もっとも時間長いとは。
唸りを上げる低音ハーシュ。軋みながら地上へ吹き上げた。めきめきと地を揺らがせ、中央でマグマが吼える。スケール大きいノイズが展開した。
ループのリズム感はかすかに残るが、混沌さが先に立つ。
鋭く、力強く。前へ前へ、あたりを蹴散らして。
スピードは速くない。後ろに太い道を残し、巨体は地へ腹を押し付けて歩を進めた。
時がたつにつれ、響くハーシュは複雑さを増す。互いが絡み合い、別リズムでノイズが喚いた。
数本の竜巻が一定の音程できりきりきりきり宙を散らす。
野太く収斂しうねりは互いにより合わさった。貫く白く太い空気。
すぱっと胴体が宙へ浮いた。猛烈に噴出しながら、じわじわと成層圏へ。
いったん視点が中へ移った。カットアップでカメラが切り替わる。フィルター成分がふんだんか、ごく僅かか。蠢きは続く。
15分経過。ざらついたパイプオルガンの断片がどよめいて波打った。
地を這う低音が、腹を揺さぶる。微粒子が吸い上がって銀色の壁面を覆った。
迸りは際限なく続く。果てずに吹き出す一面の粉景色は美しく力強い。
色合いをぐいぐい増す振動。カラフルにそそり立ち、中央の低音が規則正しく地を締めた。
重々しく神々しく、地が謳う。ハーシュが収斂して前へ長く続いた。
最後は猛烈に変調されたエレキギターの唸りが、低音ハーシュの海とカットアップで提示された。
ぽっ・・・宙へ浮かぶ。 (2006.1記)