Merzbow Works

1930(1998/TZADIK)

Composed and performed by Masami Akita
Noise electronix,tapes,EMS Synth-A,EMS VCS 3,Moog,at ZSF Produkt,Tokyo.
Final Mix on Dec.24.1997.

 本稿を書いてる2006年現在、もっとも手に入れやすいメルツバウの旧譜の1枚がこれだろう。日本の現役ミュージシャンながら、海外レーベルを中心に限定盤が多く、旧譜は時に入手に困難を伴いがちだ。

 これはジョン・ゾーンが主宰するレーベル"TZADIK"からのリリース。リアルタイムで手に入れたが、当時はどんな評判だったっけ。
 メルツバウがTZADIKの"New Japan"シリーズで出ることに違和感はなかった。だが鳴り物入りでリリースされたかを、覚えていない。

 2000年のStudio Voice誌で秋田昌美は「テープを多用して室内楽的になった」と表現する。この言葉を実感したのは、恥ずかしながら今回が始めて。ずっとバラエティに富んだパワー・ノイズ、って印象あった。

 本稿を書くため聴きなおし、初めてコンパクトさを実感した。
 もともと本盤は、メルツバウの音楽を聴き始めた頃に体験した。ハーシュ・ノイズが新鮮で、音に圧倒されつつ、惹かれたっけ。
 なぜ「室内楽」と表現したのか。とStudio Voice誌の言葉に違和感あった。そのときはね。

 しかし改めて聴くと、かなりシンプルな音構成ですっきり聴ける。キュートに聴こえる箇所すらも。一般受けを狙ってないと思うが、そうとうにキャッチーだ。

 ・・・キャッチーという言葉は極端かもしれない。
 けれどもこの盤は入手性も、とっつきやすさも、両方の意味で入門編にふさわしい。
 おそらくメルツバウもジョン・ゾーンも、そこまで考えて本盤をリリースしていないだろう。
 単にメルツバウの興味の赴くままに製作して本盤を志向し、ジョンは複数の音源から取捨選択/再構築せず、単にメルツバウの選んだ音源を元に本盤をリリースしたと推測する。

 いずれにせよ本盤は、ハーシュ・ノイズをめまぐるしく味わえる一枚であり、アナログ時代のコンパクトで奔放なサウンドを楽しめる一枚である。
 傑作。

1.Intro (2:39)

 ガタガタと金属の箱が踊る。力強く、地を揺らしながら。残響が残響を呼び、空気が重なって軋んだ。
 リズミカルさは継続するビートではなく、ビートが重なり合っているかのよう。

2.1930 (19:40)

 前曲から音のタッチは似ているが、より鋭角さを増して表面は薄く尖った。テープ・コラージュを歪ませているのか。基調のループをベースに置き、さらに上からハム音のループをかぶせる。
 後のPC時代を知った耳で聴くと、かなりシンプルな構成。原初的な力を感じた。ぐわっと膨らむノイズと、強烈な唸りを上げるハーシュの存在感がすさまじい。

 一段落したところで、混沌が辺りを覆う。力任せに一直線ではなく、ときおり太いシンセっぽいノイズで区切りをつけ、さらなる嵐へ向かった。
 テンポはじっくりめに、耳へ張り付くようなエレクトロ・ハーシュが轟いた。
 
 中央で太いノイズ、低音のうなり、さらに左右で表面をざらつかせる高音。それらが三つ巴でらせん状にからまった。
 多層構造をベースに置いたまま、シンプルさを活かした。躍動感を常に保ち続ける。
 
 次第にシンセの比率が高まり、ハーシュは断片となってぬぐわれる。野太い響きが中央でとぐろを巻いた。
 ホワイト・ノイズなハーシュとカットアップで入れ替わる。
 彩りに鳴るのはシンセの軽やかな響き。

 9分あたりで、一旦ペース替えの静寂に。
 不安をあおる残響をたんまりばら撒き、そこらじゅうからエレクトロな霧が、降り注いでは溶けた。
 幾たびも身体をぬらし、滴り落ちる。

 表皮はゴムのようにきゅりきゅり鳴り、ループのように蠢いた。左右のチャンネルとわずか行き来して。底光りする低音。
 ハーシュの奔流が押し流した。シンセが奥で淡々と瞬く。
 シンセが賑やか。聴きようによってはポップにきらめいた。

 16分前後で一旦高速不定期ビートに切り変わる。
 その後のハーシュもどこかゆとりを持って、賑やかにのたうった。
 最後は一歩引く。クール・ダウンするかのように。

3.Munchen (2:02)
 
 残響をたっぷり含ませ、左右を動くアナログ・シンセ。
 音要素はみるまに増えるが、見通しはいい。奥行きあっさりと幾つかの電子音をエコーまみれで乱立させ、シンプルなエレクトロ・ノイズに収斂させた。
 
 軽快に指でランダムに接触させる仕草のイメージが浮かぶ。キュートでノイジーな小品。

4.Degradation of tapes (12:29)

 一転して重厚な低音が空気を震わせた。多層構造を前提に、入れ替わりたちかわり、さまざまなノイズが現れては次へ譲る。
 どのくらい編集してるか分からないが、とにかくひとときも立ち止まらない。さまざまな要素がみっちり詰まり、押し進んだ。
 
 シンセとハーシュが綿密に入り混じり、ノービートで混沌と絡まる。轟音要素もあるが、かなり聴きやすい。
 ときおりシンセのループや蠢きが現れるも、すぐさま別のノイズに融けてしまう。 

 後半で荒々しいノイズの噴水は、野太いパイプを突き進む。断片では細かな破砕があたりを侵食する。ふと立ち止まって流れが停滞もする。
 とはいえ動きは止まらない。猛烈に驀進した。

 最後の最後でシンセの震えに誘われて、平坦に地を這う。

5.Iron,glass,blocks and white lights (21:50)

 中空に浮かぶシンセのパルス。じわり低音が照らされ、ハーシュが覆い被さった。
 真ん中ではエレクトロ・ノイズが暴れるが、奥ではシンセが常に響く。スペイシーさを意識したか。

 前曲に比べ、いくぶん進行度はゆったりめ。めまぐるしいほどのせわしなさはない。地に足をつけ、じっくりとノイズへ向かい合った。
 停滞せずに音楽が変化するさまは前曲と同様。編集度合いは不明だが、基本は即興と推測する。なのに同じ場面で延々と停滞したりしない。
 
 6分あたりで鋭利なノイズが床を切り裂く。シンセの音が後ろで響き、一旦は場面がきれいにぬぐわれた。
 改めてハーシュが飛び交い、空気を破壊する。

 だがもういちど、地面で様子を伺った。床面を磨き、ひろびろと地平を洗う。地鳴りは地表を覆い、混沌で次なる世界を準備した。
 一本の高いノイズが現れた。地から沸き立つ低音と荒々しいハーシュ。
 空気は力を得て、轟然とうねりだした。

 次々現れる、シンセの加速音。金切り音を残して、時空を貫いた。
 重力濃度が変化して、浮遊して空間を変える。宙に浮かんで揺らめくひととき。
 じわりと地面へ迫る。するりとハム音が空虚感を増した。

 ゆっくりと停滞。電気製の尺八みたいな音があたりを埋める。
 これまでの変化とは一転した、空間が広がる。
 ハーシュが再び現れて、あたりを塗りつぶそうと試みはじめた。
 だが、世界はクライマックスへ向かう。

 一音、軽やかに響いた。余韻を残して終る。  (2006.5記)

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