読書感想文

2000年 11月

花輪和一「刑務所の中」(青林工藝社):ソフトカバー:☆☆☆☆★

 以前に日記でも紹介したが、何度読んでも面白いので、あらためて紹介します。
 銃刀法違反で3年間服役していた漫画家の筆者が、拘置所と刑務所での暮らしを、淡々と記した漫画。
 呉智英が見事な解説を寄せている。
 だから本書がどんな内容かは、その解説を読んで頂ければことたりる。
 漫画だからビニールに包まれてて、簡単に立ち読みできないかもしれないけど・・・。

 ここで触れられているのは、本当に「刑務所での日常」。
 刑務所という特異な場所に押し込められての悩みや戸惑い、怒りなどを積極的に主張したものではない。
 ほんとうに、朝起きてから寝るまでのさまざまな細かいことを、偏執的なほどくっきりと記憶し、肩の力を抜いて描いている。

 刑務所になんか入りたくはないけど、この漫画を読んでるうちに気持ちの揺らぎを感じる瞬間が、たしかにある。
 「こんながちがちで、不自由なところにゃ住みたくないけど・・・あれ。でも、このくらいなら我慢できるかな。そうすりゃ刑務所の暮らしも・・・」
 いつのまにか真剣に「刑務所暮らし」で暮らせるかどうか、真剣に考えている自分に気がつき、苦笑する。
 ぜひ一読してください。最終コマでの皮肉が、つくづく胸に突き刺さります。(11/19記)

居作昌果「\8時だョ!/全員集合伝説」(双葉社):ソフトカバー:☆☆

 小学生の頃に夢中になって見た、ドリフの怪物番組「全員集合!」。
 著者はこの番組を支えていたプロデューサーだ。
 立ち上げから終わっていくまで15年間の歩みを、あっさりと書いている。

 スキャンダル本ではない。かといって賛美物でもない。
 視聴率や時代の先鋭性といった、自分らの実績を強烈に肯定しつつ。
 その裏で歯軋りした隙間から、もれる苦味をふりかけた本だ。

 250ページばかりの本だから、食いたりない部分が残るのがもどかしい。
 でも、あの時の舞台裏がわかっていくのは、わくわくものだ。
 コメディアンの端くれだったドリフが、どんどん慢心していくさまは読んでいてつらい。
 対極にあった「オレたちひょうきん族」との葛藤も、もっと書いて欲しかった。
 
 だけど「練り上げたギャグ」にこだわった、いかりや長介のプライドが透けて見える部分は、わくわくする。
 いつか、いかりやの立場から書かれた本を読んでみたいな。(11/19記)

寺島靖国「愛と悲しみのジャズカタログ」(小学館):文庫:☆★

 「JAZZ晴れ、ときどき快晴。」として山海堂から、97年に出版された本の文庫化。
 こまぎれなコラムを集めて、一冊にしている。
 かれの著作で一番面白いのは「JAZZオーディオ「快楽地獄」ガイド」だと思う。
 数百万かけて「いい音」を求めるさまは、とてもスリリングだ。

 本書ではレコードをあれこれ並べて、ジャズの奥深さを語っていく。
 「いい音信仰」「オリジナル盤至上主義」など、僕の意見とあわないところもある。
 なのに手を取っているのは、根本的に著者の視点が柔軟だからだ。

 無名の最新のジャズだろうと、過去の名盤だろうとわけへだてなく、さまざまなジャズを貪欲に吸収していくところが刺激的。
 読み上げた瞬間は、すぐにでも中古レコード屋へ行って、えさ箱をあさりたくなる(笑)(11/19記)

阿部広樹「超クソゲー外伝企画屋稼業」(太田出版):ソフトカバー:☆★

 過去「超クソゲー」「超クソゲー2」を書いてきた著者の新作。
 その2冊は、クオリティがぼろぼろのゲームを、「愛情に満ちた悪口」で紹介してきた。
 ゲームが「クソゲー」になる理由にはいろいろある。
 たとえば、ビジネスを優先させた、マーケティングがあさってを向いている、制作があまりにもおそまつなど。

 ゲームが発売日前に破綻しそうなことが判明すると、ソフトハウスは何とかして完成度を「商品として成立するレベル」まで、上げようと頑張る。
 それでもどうにもならないと、外注の企画屋に頼んで、ぎりぎりの進行の中で軌道修正をはかることがあるそうだ。

 本書はその「外注企画屋」として、さまざまなゲームに裏で関わってきた著者の、本業の一端を書き記した本。
 ゲームデザイナーとして最低限書けるべき、企画書の作成ノウハウを教えるふりをして、ゲーム界の裏話をまぜこんでいく。
 
 パクりをあまりにも肯定することにより、誤解があっちゃこっちゃで起こって破綻していくさまがおもしろい。
 ページは分厚いけど、あっという間に読める本。(11/19記)


貴志祐介「クリムゾンの迷宮」(角川書店):文庫:☆☆☆☆

 99年に角川ホラー文庫で出版された一冊。

 主人公の藤木は目がさめると、深紅の岩に囲まれた奇妙な世界にほおり出されていた。
 どうやらそこは、オーストラリアの砂漠らしい。
 なぜここにつれてこられたのか・・・傍らに置かれた携帯ゲーム機には「火星の迷宮にようこそ。ゲームは開始された・・・」の文字が。

 「第一チェックポイント」に指定された場所へ行ってみると、そこには数人の男女がいた。
 そこで提示される第二チェックポイントの場所は、東西南北に分かれている。
 サバイバルツールが欲しいなら東へ。護身用は西へ、食料は南へ、情報ならば北へ。
 「さあ、どれを選ぶ?勝者は一人だけだ」
 ゲーム機に、無常に浮かび上がる文字。
 そして、血まみれな結末を予感するゼロサムゲームが始まる・・・。

 藤木は、耳が不自由で補聴器をつけた藍をパートナーとして、この悪夢のようなゲームに強制的に参加させられる。
 第二チェックポイントにて分岐した、他の人間との生き残りをかけた戦いが始まった。

 エンディングに行くまでのスリルはかなりのもの。
 エンディングで示唆されたある人物像のイメージは、とてつもなく強烈で鮮烈だ。
 
 「バトル・ロワイヤル」とよく似た感触だが、藤木に視点を絞って書いているから、あっさりと読みすすめられる。
 それにしても、読み終わるのがもったいない・・・。
 ひさびさに面白い小説に出会った。(11/12記) 
 
西澤保彦「念力密室!」(講談社):新書:☆☆★

 超能力者問題秘密対策委員会出張相談員の見習である、巫女姿の少女、神麻嗣子シリーズの第三作。
 このシリーズを読むのは、これで二作目。前に読んだのは、このあとに刊行された番外編で、神麻嗣子が出てこない小説(タイトル失念)だった。
 どうも僕は邪道な読み方をしている。

 全体を貫くトーンは、ほのぼのとしている。
 会話がとぼけているので、殺人事件が多いわりに、あまり血なまぐささは感じられなかった。
 探偵役の保科匡緒と美人警部の能解匡緒を交えた三角関係(?)は、じれったいけど面白い。
 この本は短編を6本集めており、作者自身はこの形式が気に入ってるようだ。
 
 とはいえ僕は、このシリーズの長編をぜひ読んでみたい。
 キャラクターが立っているだけに、短編の枚数では謎解きの方がえらくあっさりしてしまう。
 まるでパズルの問題文と解説を読んでいるようだ。

 つっこみたいところはいくつもある。
 キャラは水玉蛍之丞のイラストとあいまって、いかにもあざとい。
 ストーリーも「何でこんなに身の回りが犯罪者と死体ばっかりなんだ」って思ってしまう。
 キャラクターの書き込みは、かなり物足りない(これは短編のせいかもしれないけど)。
 SFチックな設定だって、どこまでが「お約束」として存在しているのかわからないので、馴染むまでに時間を要する。

 そんなあげつらいをしてさえも、この小説は面白い。
 正確に言えば、この小説の舞台となる世界が、面白い。
 長編もすでに何作か出ている。それを読んだら、上にあげた僕の不満は解消されるかな。
「次の一作」を、いい意味で読みたくなる、キュートな短編集だ。(11/12記)
 
笹本祐一「ハイ・フロンティア」(朝日ソノラマ):文庫:☆☆☆★
 
 近未来のアメリカを舞台に繰り広げられる、SFシリーズの第4作。
 このシリーズは宇宙飛行や宇宙開発が根本テーマにあるが、いかにも現在でも実現しそうなもっともらしさがあって、読んでいてわくわくしてくる。

 今回のテーマはスウが持ち込んできた一つの電子データ。
 マリオがハッキングしながら解析を進める過程は、ワクワクしながら読み進んだ。
 そしてそのデータの内容は・・・読んでみてのお楽しみ。
 宇宙開発の一つのターニングポイントとなりうるテーマを、さらっと書き上げた快作だ。

 前半と後半で、小説のテンションや手触りが変わってしまい、違和感を感じてしまうのが玉に傷。
 とはいえ、この本の面白さは保証する。

 魅力的なキャラクターに、テンポいいストーリー運び。
 そして、次作を強烈に期待させる引きまで、すばらしい点ばかり。

 これを読んだのは、実は10月末。
 本書を読了したあとに、現実の宇宙開発の進捗具合も知りたくなった。
 ついついいくつかの、天文関係のメールマガジンを購読し始めてしまった、おっちょこちょいな僕である。(11/11記)

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